第46話 ふたつの決闘
二人の兄弟は、小剣を突き合わせて向き合った。
「周りのゴブリン兵たちに助けを求めなくていいのかい、兄さん」
バレが皮肉っぽく言う。
「おまえ相手に?」
チーグが冷たく返した。
「戦いはデュラモ任せで、剣の腕にあまり磨いてこなかったが、最近まで病床で倒れていたおまえに、負けることはないだろうさ」
それは事実であったが、口には出さないもう一つの事情もあった。
ゴブリンたちのあいだで、バレが健康を取り戻したということを知る者は少ない。病人のバレに裏切られ、兵士たちに救いを求めるような弱い者に、ゴブリンたちはついてこないだろう。次期国王たらんとするチーグにとって、公衆の面前であるからこそ、弱みを見せることはできないのだ。
「そうかも知れないね」
バレは口元をゆがめた。
「だから、僕は兄さんとまともに戦うつもりはないよ。だからこそ、大金を使って〈四ツ目〉を雇っている。僕は、〈四ツ目〉が弱った兄さんの護衛たちを殺すのを、待てばいい。兄さん、〈四ツ目〉には勝てないだろう?」
そう言うと、後ろにじりじりと下がり始めた。
「おい、待て。逃げるのか?」
チーグは距離を取ろうとするバレに詰め寄り、剣を振り下ろしたが、バレはそれを難なくかわした。チーグはつんのめって前に膝をついた。
バレの笑声が響く。
「そんな殺気のない剣、僕でも避けれるさ」
そう言って、チーグとの間をあけた。
「やれやれ……」
チーグは遠巻きに彼らのいさかいを見守るゴブリンたちに目を向けながら立ち上がった。
「本気で、おまえを殺さないといけないのか……それが、国王になるための運命なら、受け入れよう」
改めて剣を構える。
「やってごらん、兄さん」
バレは挑発するように言った。
ゴブリン王国の二人の王子は、次期国王の席をめぐって、再び剣を突き合せた。
ノタックは〈四ツ目〉とヘルハウンド相手に善戦をしていた。
けれどもそれは、〈四ツ目〉が慎重な戦い方をしていたおかげでもあった。
〈四ツ目〉はノタックのハンマーの一撃で、ヘルハウンドが致命傷を負うことを警戒していた。かつて戦ったとき、そのハンマーの威力をまざまざと見せつけられたからだ。
けれども、何度かの攻撃のやりとりを経て、ノタックのハンマーにかつて見せつけられたほどの破壊力が宿っていないことに気づいた〈四ツ目〉は、思考をめぐらせた。
あの
それは、両方ともが正解であった。
ノタックは酔剣のザギスとの戦いを経て、見た目の傷以上に体力を奪われていたし、ヘルハウンドが吐く炎を警戒して、ハンマーへの祈りの姿勢を取ることもできずにいた。
そのことに薄々気づいた〈四ツ目〉は、次第に力押しへと戦い方を変えていった。
双頭のヘルハウンドが、交互に炎を吹き付けてドワーフの動きを封じたのち、あるときはヘルハウンドが、またあるときはその背から飛び降りた〈四ツ目〉自らがノタックに襲い掛かった。相棒との連携の取れた攻撃に、ノタックは防戦一方になっていった。
その様子を、ポーリンはもどかしい思いをしながら見つめていた。
何度か残る力を
フバルスカヤという強力な魔法使いを倒しただけでも、上出来だったのに、恐るべき魔獣と
魔法の使えない魔法使いは、戦場においては赤子以下の存在である。
サントエルマの森の戦闘訓練の教官はそう言っていた。
呪文を使い果たした時点で、魔法使いは戦場から離脱しなければならない。それが、生き残るための
けれども、チーグとノタックを置いて、逃げようはずもなかった。逃げれば、命は拾ったとしても、彼女は一生”何者でもない”ままであろう。
消えた
これは、訓練ではなく、現実……。失敗すれば、待つのは死。
けれどもどういうわけか、彼女は奇妙な高揚感におおわれていた。目指してきた目標は、もう目の前。敵を排除し、チーグを国王にする。それまで、もう少し。
もう一度、呪文を……そう強く願う。
彼女は、成功と失敗を隔てる危険な
本能が、そして魂が、魔法の力を求めてもがく……もう少しなら、戦えそうな気がした。
同時に、彼女の手が、腰にまきつけた革袋をまさぐっていた。それは意図したものではなかったが、偶然ではなく、魂が求めた必然だったのかも知れない。
フバルスカヤから奪った、酒の入った革袋だった。
防戦一方となり、次第に追い詰められつつあったノタックは、〈四ツ目〉の攻撃の手が緩んだ一瞬に、まるであきらめて全てをなげうつかのように、ハンマーを目の前に置いた。
「……強いな、あんた。
ノタックは、明瞭な声でそう告げた。
無口なドワーフが自ら言葉を発することに〈四ツ目〉は興味を引かれ、攻撃の手を止めた。
「……あんたこそ」
皮肉でも社交辞令でもなく、〈四ツ目〉はそう返した。
ノタックは、賭けに出る覚悟を決めていた。この強敵相手に、全くの無防備になってしまう〈戦いの儀式〉をするのは極めて危険であったが、このままでは力負けするのも目に見えていた。生きるか、死ぬか。彼が人生を共にしてきたハンマーとともに、必殺の一撃に討って出るより道はない。
「自分の名は、ノタック・レッドボーン、最強のドワーフを目指す者。もしもここで命を落としたならば、いつかよそのドワーフと出会ったときに、その死にざまを語って欲しい」
そう言って、ハンマーの前に膝をついた。
その行動に覚悟を認めた〈四ツ目〉は、期せずして、彼がこれまで守ってきた
「
賞金稼ぎに身を落として以来、騎士の
ノタックと〈四ツ目〉の視線が
そして、ノタックはハンマーへの祈りをささげるための精神集中へと入った。
〈四ツ目〉は、ヘルハウンドに炎で焼き尽くさせるつもりだった。その命令を出すため、鞭を持つ手を振り上げたとき……
ヘルハウンドが危険を感じて
灼熱の火の玉が先ほどまで彼らがいたところで爆発し、
「何?」
〈四ツ目〉は驚きながら、火の玉が飛んできた方向をにらみつけた。
熱を持つ風にセピア色のポニーテールを揺らしながら、恐るべき魔女が近づいてきた。少なくとも、〈四ツ目〉にはそう見えた。
ラザラ・ポーリンは、顔を赤らめながら、機嫌悪そうに〈四ツ目〉を指さした。
「あんた……〈四ツ目〉。私たちを裏切って、チーグの暗殺に手を貸すなんて、恥をしり……しりなさい。元騎士として!」
その言葉はしゃっくりで終えられた。
ラザラ・ポーリンは酔っぱらっていた。
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主な登場人物:
ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。
チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国への帰還を目指す。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われているため、極秘裏にゴブリン王国に潜入し、王国を取り戻すために奮闘中。
ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。〈最強のドワーフ〉を目指している。
ノト チーグの身の回りの世話をする従者。バレに殺害される。
バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っていると言われている。チーグが持ち帰った薬により、体調は良化し、野心に目覚めた。今や、チーグの敵として立ちはだかっている。
〈四ツ目〉 四つの目玉を刺繍した眼帯で右目を多う歴戦の傭兵。ヘルハウンドを使役する強力な魔獣使いでもある。雇い主は第二王子のバレ。ポーリン、ノタックと共闘していたが、バレの指示により再び敵となる。
ダン 古き良きゴブリン文化を愛する保守的な次期有力氏族長。チーグを敵視し、ザギスに力を貸す。結果的に、ゴブリン王ボランを殺害し、ゴブリン王国を去ることとなる。
ヨー ゴブリン王国の第三王子。自ら王になろうとする野心を隠さず、軍を掌握して西門――通称〈岩門〉に陣を構えていた。チーグやザギスを出し抜き、囚われていた父王を助け出したが、フバルスカヤに再び奪われてしまった。その後、父王はダンに殺される。
ザギス 遠くゾニソン台地からやってきたホブゴブリン軍の主。〈酔剣のザギス〉の異名を持ち、ゴブリン王国を占領していたが、ノタックとの戦いで死亡。
フバルスカヤ 元サントエルマの森の魔法使い。〈酒解のフバルスカヤ〉の異名を持つ。ザギスの盟友にして、黒幕。ポーリンとの魔法の戦いに敗れ、逃走。
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