第31話 不如意たる(思い通りにならない)現実

ここまでのあらすじ:

 ラザラ・ポーリンは、サントエルマの森で学ぶ若き女性の魔法使いです。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれます。ポーリンが護衛するのは、人間の文化と本を好む、風変わりな第一王子チーグです。

 ゴブリン王国に潜入したチーグは、王国を占領していたホブゴブリンたちの前で、高らかに宣言します。「さあ、ゴブリン王国を取り戻す戦いの、はじまりだ」。かくして、次代の王をめぐるゴブリンたちの、裏切りにつぐ裏切りの、壮絶なだまし合いが幕を開けます。

 一方、チーグと別行動をしているポーリンの目の前には、予想もしなかった恐るべき敵が姿を現します。50話完結まで・・・怒濤の展開。


――――――――――――――――――――――――――――


 チーグを敵と認識し、襲いかかってきたホブゴブリンたちは、またたく間にデュラモに切りせられた。


 一般的にホブゴブリン族はゴブリン族より強いが、親衛隊長のデュラモはゴブリン王国において屈指の戦士である。並のホブゴブリンでは、全く歯がたたなかった。


 大仰おおぎょう台詞せりふを言った以外に大して何もしなかったチーグだったが、見張りの兵たちが倒れるのを見ると、ほっとしたように服のほこりを払う素振りをした。


「さて」


 ぽんと手を叩く。


「父上を助け出して、俺の勝利だな」


 そうつぶやいたとき、彼らが入ってきた廊下の方からくぐもった笑い声がした。


 それに続いて、ドカドカと武装したホブゴブリン兵が十数名やってきた。その中から歩を進めてきたのが、金の縁取ふちどりのある鎧兜よろいかぶとに身を包んだホブゴブリン――――ザギスと、ダンであった。


「ふへへ、なかなかいい演説だったぞ、チーグ」


 ザギスがにやにやしながら言った。


「ここを手薄にしたのは、あえてだ。勝ち誇ったところで、勝ちをかっさらうためにな」


 ザギスは両手を天に向けて、おどけるように膝を少し折った。


「ここは、俺たちが笑うとこだぞ。おい、おまえら」


 ザギスが周囲を見回すと、ホブゴブリン兵たちから笑い声があがった。


 チーグはあきれたようにため息をついた。


「部下の感情を支配する素振りしなければ、自分の権威けんいが保てないとは、あわれだな」


「・・・この状況で虚勢きょせいを張るあんたこそ、哀れかも知れないな」


 ザギスが切り返す。


「あんたに勝ち目はない。あんたらの誰かが、ろうに近づく素振りを見せたら、すぐに殺す」


「ほう」


 チーグは片眉を上げた。


「俺を殺して、無事にリフェティから生きて出られると思うならば、そうしてみるがいい」


「ふへへ」


 ザギスはくぐもった笑いを浮かべた。


臆病おくびょうなゴブリンにしては、いい肝っ玉だな」


「王家の者たるや、気迫きはくで負けたら終わりだと思っている。最近は、それに気品も付け加えたい」


 そう言って、チーグは平然と服を整える仕草をした。ザギスは小さくうなずいた。


「良く覚えておこう。あんたのことも、気に入ってしまいそうだぜ」


 ここで、裏切り者のダンが歩を進めてザギスに並んだ。


「バレ殿下・・・けっきょくは、兄上に味方するんだな」


 失望したようなため息が混じった。


「・・・おまえこそ、ホブどもに国を売るなんて!」


 第二王子のバレは吐き捨てるように言った。ダンは深々とため息をついた。


「やはり、そう見えるのか?俺は、古き良きゴブリンたちの伝統を守りたいだけだというのに」


 その声はわずかなさびしさと、強いあきらめに満ちていた。もはや、後には引き返せない。


「・・・それにしても、バレ殿下。ずいぶんと、体調が良さそうで?」


「いい薬が手には入ってね」


「いい薬?」


 ダンはそうつぶやいてからしばし逡巡しゅんじゅんし、そして眉をひそめた。


「ああ、チーグの・・・人間どもの薬の知識というわけだな」


 憎しみに満ちた目を、チーグに向ける。


「チーグ殿下、やはりあんたの帰国を認めるわけにはいかないな。人間の文化など、持ち込ませない」


「ダン・・・おまえの頭の固さたるや、ドワーフ族なみだな」


「ドワーフなどと一緒にするな」


 ダンは剣を抜きはなつ。


 デュラモも剣のつかに手をやったが、チーグがそれを手で制した。

 

 ザギスもダンの肩に手を置く。


「おいおい、そう熱くなるな・・・今はまだな」


 そうつぶやいてから、ザギスは申し訳なさそうな表情をチーグに向けた。


「第一王子チーグ、<本読むゴブリン>と言ったか?意味分からんが、ともかく降参こうさんしてくれると助かる。さもなければ、場合によってはあんたを殺さなければならない・・・あんたが助けようとしている父上ともどもな」


「ふん・・・父上のことも脅迫きょうはくに使うとは、ホブらしい発想だな」


「あるいは――――」


 と、ザギスはダンの方を見て口元くちもとゆがめた。


「あんたが『ゴブリンらしからぬ』のかも知れんぞ」


 そう言い、悦に入った笑みを浮かべたところで、伝令と思われるホブゴブリンが部屋へと駆け込んできた。


「ザギス様、ザギス様!」


 名を連呼したのちに、呼吸を整える。


「何だ?落ち着け」


「はっ・・・それが、ゴブリンどもが、大軍を率いて攻め込んできました!」


 その伝令の言葉を聞いて、ダンが驚いたような表情をザギスに向けた。ザギスは、しばらく黙り込み、その言葉の意味を考えた。しばらくの黙考もっこうののち、おもむろに口を開く。


「・・・つまり、第三王子のヨーが、『同盟』の申し出を無視して、攻め込んできたということだな」


「そう思われます」


「なるほど」


 ザギスはうなずき、腕組みをした。


「人質の王の命は、もはやどうでもいいということか・・・ここまでめられたら、見せしめに処刑せざるを得ないなあ」


 そういって瞳に残忍ざんにんな光を宿らせ、チーグたちを見た。


 意外なことに、チーグたちは全く動揺しておらず、むしろ余裕に満ちた表情を浮かべていた。


「ザギス・・・俺の勝ちだ」


 チーグがそう言った瞬間、牢へ入る頑丈な木製の扉が重々しく開いた。


 ザギスは驚きに目を見張った。少なくとも彼の目には、扉が勝手に開いたように見えたのだ。


「じゃあな」


 チーグは軽く手を上げると、あっけにとられるホブゴブリンたちを尻目に牢の中へと入っていった。バレ、デュラモもあとに続く。


「ちなみに、ヨーの軍を派遣するように仕向けたのも、俺の仕業しわざだぜ」


 牢へと続く扉が閉められ、チーグのその言葉だけが残された。


 ずっと姿を見せなかった使用人のノトは、実はポーリンに透明化の呪文をかけられ、ひそやかにチーグたちに同行していた。ノトは、ずっと同じ部屋にいた。見張りから牢の鍵を奪い、チーグの合図を待っていたのだ。ノトが扉を開け、一行は速やかに王が捕らえられている部屋へと身を滑り込ませた。全ては、計画通り。


 ヨーには、伝令のゴブリンを使って、事前にこう伝えていた。


『第一王子チーグ、これより王の救出へ向かう』


 ただ、それだけ。


 これを聞いたヨーは、チーグに王を救出させまいとあせり、軍を差し向けるだろうと予想した。ゴブリン軍とホブゴブリン軍が戦闘状態へ入れば、リフェティ全体にすきが生まれる。はじめからチーグはそれを狙っていたのだ。


 王が捕らえられている部屋は、身分の高い者の滞在たいざい部屋として使われることもあり、内側からも鍵がかかる。チーグたちは、頑丈な木扉の鍵を内からかけると、大きく息をついた。


 “侵入者のホブゴブリンたちにとらわれた国王を救出する”


 王国への帰還を果たすチーグにとって、この事実こそ切り札となるはずであった。


「おおむね順調だな」


 透明化の呪文が解けたノトに、チーグはそうつぶやいた。大役を果たしたノトは、膝の力が抜けたようにその場にへたり込んでいた。


「さて」


 チーグは気持ちを切り替えると、目をこらして薄暗い部屋の中を見回した。


 牢と言っても、机に椅子、ベッドや戸棚など、生活に必要なものは一通り揃っている。


「父上、助けにまいりました」


 暗がりに向かって、チーグはそうささやいた。


 しかし、返事はない。


「父上?」


 チーグは部屋の中ほどまで歩を進め、改めて周囲を見た。だが、相変わらず返事はない。


 バレがとなりへやって来て、不都合な事実を述べた。


「・・・父上は、ここにはいないようだね」


 予定通りのはずだったチーグの計画が、崩れ始めた。



◆◆◆◆◆

ラザラ・ポーリンのイラスト:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818023214065642559

チーグのイラスト:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093073513692676

ノタックのイラスト:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093073514325525

<冒険の地図>

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818023214003405208



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主な登場人物:

ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。


チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国への帰還を目指す。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われているため、極秘裏にゴブリン王国に潜入する。


ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。<最強のドワーフ>を目指している。


デュラモ チーグの腹心のゴブリン王国の親衛隊長。


ノト チーグの身の回りの世話をする従者。


バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っていると言われている。チーグが持ち帰った薬により、体調は良化した。


<四ツ目> 四つの目玉を刺繍した眼帯で右目を多う歴戦の傭兵。ヘルハウンドを使役する強力な魔獣使いでもある。誰が真の雇い主か不明であったが、バレが大金で雇い、裏切り者のダンに接近させていた。


ダン 古き良きゴブリン文化を愛する保守的な次期有力氏族長。チーグを敵視し、ザギスに力を貸す。


ヨー ゴブリン王国の第三王子。自ら王になろうとする野心を隠さず、軍を掌握して西門――――通称<岩門>に陣を構えていた。


ザギス 遠くゾニソン台地からやってきたホブゴブリン軍の主。<酔剣のザギス>の異名を持ち、現在ゴブリン王国を占領している。


――――――――――――――――

<複雑に入り組む勢力を解説>

勢力① 第一王子チーグと、ポーリン、ノタックら。

勢力② 第二王子バレと傭兵の<四ツ目>

勢力③ 第三王子ヨー。ゴブリン軍を掌握している。

勢力④ 次期有力氏族長ダン。

勢力⑤ ホブゴブリン軍を率いてやってきたザギス。

①と②は連携している。③と⑤は同盟関係、④は⑤の軍門に下っている。


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