第43話 最強のドワーフVS最強のホブゴブリン

 ノタックとザギスの戦いは、本人たちそれぞれの予想をはるかに上回って、長引いていた。あるじの戦いを邪魔しないように遠巻きに見守っていたホブゴブリン兵たちも、ザギスの楽勝に終わらぬ戦いを見つめながら、次第に手に汗を握るようになっていた。


「おいおい、ドワーフのくせに、なかなかやるなあ。俺は、最強のホブゴブリンだぞ」


 ザギスが剣を持つ手を広げ、わずかに膝を曲げながらおどけるように言った。自慢の銀鎧も、ノタックの打撃により何カ所かへこんでいた。


 その言葉を聞いて、ノタックは深いまびさしの下から興味深い視線を送った。彼もまた、いくつもの切り傷を負い、鎧の隙間すきまから血がシャツににじんでいる様子が見えた。


「最強のホブゴブリン、というのが本当ならば、相手にとって不足はない。自分も、<最強のドワーフ>を目指しているゆえ」


「最強のドワーフ、だって?」


 ザギスは鼻で笑った。


「でもまあ、あのでかいゴブリンよりも強いのは確かだがなあ」


「でかいゴブリン?」


 ノタックは、はっとしたように問い返した。


「それはもしや、デュラモ殿のことか?」


「デュラモ?そんな名前だったかな。俺が首を跳ね飛ばしてやったぜ」


 その語尾には冷たい笑い声が被さった。


「そうか・・・これは、デュラモ殿の弔いだな。この一撃に、全てを賭けよう」


 ノタックはそう言うと、再びハンマーを大地につけて祈りの姿勢をとった。


「なんだ、そりゃ?あのゴブリンへのお祈りか?」


 ザギスはそう言うと、酒を飲もうと腰のベルトを手でまさぐった。そして、それを口につけて一気に飲み干す。


「ふへへ・・・分かっているぜ。それは、魔法のハンマーだな?恐らく、そのすきだらけの儀式をあえてすることで、ハンマーの力を高めているのだろう?」


 したり顔でそうつぶやく。


「・・・俺の酒と、どっちが強いか、勝負だ」


 と言いながら、酒袋をかなぐり捨ててノタックに突進した。


 儀式が終わるまで呑気のんきに待つザギスではない。すきのあるうちに仕留める。ましてや、相手の武器に魔法の力が宿っているのだとすれば、なおさらだった。


 ザギスは大股に間合いに踏み込み、ドワーフの左へ回り込む。そして、デュラモにしたのと同じように、首をめがけて剣を一閃いっせんさせた。


 次の瞬間、にぶい金属音とともに、まるで山を相手にしているかのような衝撃を感じ、ザギスの攻撃は跳ね返された。


 ザギスはしびれる手の感覚を我慢しながら、目をしばたいた。


 ノタックは祈りの姿勢を崩していなかったが、その丸い目がするどくザギスをにらみつけていた。身体の前に立てたハンマーの位置が、少し左にずれていた。


 どうやら、ノタックは最小限の身体の動きで、ザギスの一撃を防御したようだった。


「おいおい・・・」


 ザギスはわずかながらに酔いが冷まされたような感覚を覚えていた。


 フバルスカヤの魔法の酒により、彼の身体も、そしてその武器も魔法の力に覆われている。それにも関わらず、ノタックの防御に完全にはじき返されたのだ。そんなことは、未だかつてなかった。


「いやいや、俺は、最強のホブゴブリン・・・だろ」


 自らを奮い立たせるようにそう言いながら、身体をくねりつつ変則的な動きで剣を繰り出した。


 そのとき、ノタックの儀式はすでに終了していた。


 まるで羽ペンを振るかごときの軽快さで、地面に突き立てたハンマーを前方に回転させるように繰り出す。それは、ザギスの剣をかわし、その顎に直撃した。


 感じたことのないような衝撃が、ザギスの脳天を突き抜けた。まるで、隕石に打たれたようだった。


 ノタックは、上方に振り抜いたハンマーを、その力を殺さぬように自らも半回転しながら水平の動きへと変化させた。それはあたかも、華麗な演舞えんぶのようだった。さらに踏み込みながらもう半回転し、自らの動きの力も加えて、ハンマーでザギスの頭を真横からぶちのめした。


 感じたことのない二度目の衝撃・・・ザギスは光の星が目の奥に無数きらめくのを感じながら、吹き飛ばされた。宙に浮いている時間を、ずいぶん長く感じた。やがてそれは、地面をえぐる感覚へと変わった。


 戦いを見守っていたホブゴブリンたちから動揺のざわめきが起こった。


 ノタックはハンマーを肩にかかげて、倒れたザギスを見下ろした。


 薄れゆく意識を必死に引き留めようとするザギスの脳裏に、思い出したくもない記憶が蘇ってきた。


 フバルスカヤと出会うまえ、彼は冴えない牢番だった。酒に酔っては上官に叱責しっせきされ、ぶちのめされていた。


 みじめな半生――――それを、追体験する思いだった。


「ふふ・・・ふへへへ」


 ザギスは薄ら笑いを浮かべながら、尋常じんじょうならざる気迫で意識を引き戻した。


 あのみじめな時代に戻るくらいなら、死んだ方がましだ。そう思えるほどに、フバルスカヤと過ごした十年間は悪くなかった。


「・・・まさか、人間にそう思う日がくるとはなぁ」


 ザギスはかろうじて立ち上がると、ゆがんだ兜を脱ぎ捨てた。頭が稲妻に打たれたように痛かった。気を抜くと、目の前が白くなり、意識が飛んでしまいそうだ・・・意識を失えば、恐らくそれは「死」だろう。これがすでに致命傷であるということに、彼は気づいていた。


 血にくもる視界にうつるドワーフは、少し驚いたような顔を浮かべていた。


「おまえ、ドワーフ。名はなんと言った?」


 かすれる声でザギスは言う。


「・・・自分はノタック。名門レッドボーン家の落ちこぼれにして、故郷も家族も失った者。それゆえに、最強を目指している」


 ノタックは淡々と答えた。


 ザギスは口元を歪めた。


「・・・ノタック・レッドボーン。おまえも、悪くなさそうだ・・・いっしょにあの世へつれて行ってやるぜ」


 そして両手を広げると、できる限りの大声を張り上げた。


「・・・さあ、死は、最高の祭りだぜ。野郎ども、笑え!」


 ザギスは言い切ると、一歩踏み出し、ドワーフに向かって剣を繰り出そうとしたが、できなかった。彼の身体はもはや言うことをきかず、そのままつんのめるように前に倒れた。


 そうして、<酔剣のザギス>は死んだ。



――――――――――――――――――――――

主な登場人物:

ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。


チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国への帰還を目指す。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われているため、極秘裏にゴブリン王国に潜入し、王国を取り戻すために奮闘中。


ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。<最強のドワーフ>を目指している。


ノト チーグの身の回りの世話をする従者。


バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っていると言われている。チーグが持ち帰った薬により、体調は良化した。


<四ツ目> 四つの目玉を刺繍した眼帯で右目を多う歴戦の傭兵。ヘルハウンドを使役する強力な魔獣使いでもある。誰が真の雇い主か不明であったが、バレが大金で雇い、裏切り者のダンに接近させていた。現在、ポーリン、ノタックと共闘中。


ダン 古き良きゴブリン文化を愛する保守的な次期有力氏族長。チーグを敵視し、ザギスに力を貸す。結果的に、ゴブリン王ボランを殺害し、ゴブリン王国を去ることとなる。


ヨー ゴブリン王国の第三王子。自ら王になろうとする野心を隠さず、軍を掌握して西門――――通称<岩門>に陣を構えていた。チーグやザギスを出し抜き、囚われていた父王を助け出したが、フバルスカヤに再び奪われてしまう。


ザギス 遠くゾニソン台地からやってきたホブゴブリン軍の主。<酔剣のザギス>の異名を持ち、現在ゴブリン王国を占領している。


フバルスカヤ 元サントエルマの森の魔法使い。<酒解のフバルスカヤ>の異名を持つ。ザギスの盟友にして、黒幕。

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