第6話 最強を目指す者、変革を目指す者
チーグの一行は、東から登ってくる太陽を追い越すかのように、街道をすすんだ。
一見してゴブリンとわかる者が先頭をゆくと、いらぬ問題に巻き込まれる恐れもあることから、二頭のポニーにはポーリンとノタックが乗って
ポーリンとノタックは、しばらくとりとめのない会話を続けた。
ノタックは、以前の仕事でチーグに雇われていたことがあるらしい。そのときの信頼を得て、今回の仕事は“契約の延長”なのだという。
確かに、かなり
そしてポーリンは、ノタックが背負っている双頭の
「それにしても、トロールをほぼ一撃で倒すなんて、あなたはすごく強いのね、ノタック」
「自分は、〈最強のドワーフ〉を目指しているゆえ……」
ノタックは淡々を答えた。
「〈最強のドワーフ〉……? ちょっとそのハンマー、見せてもらっていいかしら」
ポーリンは小馬を寄せた。
ノタックが、背負う大きなハンマーを彼女の方に向ける。
彼女は簡単な魔法の呪文をつぶやいた。すると、そのハンマーはぼんやりとした青い光を放ち始めた。
「……何かあるか?」
背中の光が見えないノタックは、不思議そうに女魔法使いに尋ねた。
ポーリンは魔法探知の呪文を打ち消す呪文を唱え、青い光は姿を消した。
「やっぱりね……」
ポーリンは納得したようにうなずいた。
「ノタック、そのハンマーには、強力な魔法がかけられている……きっとなれるわ、〈最強のドワーフ〉」
ノタックはしばらく無表情にポーリンを見つめていたが、やがて正面を向いて淡々を言った。
「〈最強のドワーフ〉と聞くと、たいていの者は笑う。冗談だと思う笑いから、馬鹿にした笑いまで……だが、
今度はポーリンがちょっとびっくりしたように身を引いた。
「笑うですって、どうして?素晴らしい目標だと思うけど?」
「そうか、そう言われることは、珍しい」
ノタックはぼそりとつぶやいた。
そして、右手は手綱をはなし、肩越しに双頭のハンマーをなでた。
「ジ・カーノの
その声音には、言葉ほどの悲哀はこもっていなかったが、ポーリンはこのドワーフの苦労が手に取るように分かった。
「いろいろ大変なのね……」
ため息まじりにそうつぶやいたが、他人事とは言えない。彼女も、サントエルマの森の席を捨てて、旅に出てきたのだから。目的を達することができなければ、全てを失うだろう。
昼下がり、モナークという小さな宿場町を過ぎたところで、一行は街道を外れた。
「このまま街道をすすみ、コヴィニオン王国に入ったほうが、おまえたちは安全だろうが――」
と、チーグが馬車の中から顔を
「いらぬ外交問題を引き起こすことは避けたい。ドルジ川沿いに
そう言った。
コヴィニオン王国――古い時代の戦乱にて、中央平原から落ち延びてきた者の
街道を外れてしばらく進んだ
その夜、川からほど近い岩場の岩陰に馬車を隠した一行は、そこで野営をすることにした。
岩の上にひとり見張りに立ち、残りの者たちで食事を囲む。はじめの見張りはノタックが志願した。
炎の魔法を得意とするポーリンがいるおかげで、街から馬車に積んでもってきた野菜類を煮て、温かい豆を煮たトマトスープを食することができた。今日は、ナメクジのスープはない。
基本的に、会話をするのはチーグとポーリンだ。デュラモは必要最小限の言葉しか発しないし、ノトはたどたどしいしゃべり方をするのが嫌なのか、何かを聞かれたときしか答えない。
話題は、ノトのしゃべり方に及んだ。
どうやら、チーグから「人間の
そう考えると、ポーリンはなんだかこの
しかし、ポーリンが哀れむような言葉をかけると、ノトは
「殿下の……おん……お考えは、ゴブリンども……いや、わたしたちには、なん、なんかいである。せめて、おともの者は、できなければ……」
そこでノトは言葉を考えて固まってしまった。
それに合わせて息を止めたポーリンは、すっかり息が苦しくなるまで待たなければならなかった。
「示しがつかぬ!」
そう言い切ったノトは、満足げに鼻息を荒くした。
「示しがつかぬ! いい言葉」
ぼそりと繰り返す。
チーグは自慢げにポーリンを見た。
「見よ、従者ノトは忠義の者だ……むろん、デュラモも」
「本当に、そうね……あなたも、きっといい王になる」
「だといいが……」
チーグの表情は曇った。心臓が
「残念ながら、俺の考えに理解を示してくれるゴブリンは少数派だ……今のところは」
そう言ってから、靴の中に落ちた心臓を拾い上げ、再び緑色の瞳に決意を宿す。
「だが、必ずそれを変えてみせる。ゴブリン王国は、もっと繁栄するはずだ」
「……私も、ゴブリン族に対する認識を変えないと思う」
ポーリンは自分に言い聞かせるように言った。
「人間の本を読むゴブリンがいるとは、本当に驚きだわ……あなたの王国となら、きっと人間たちもいい関係を結べるはず」
「『まずは、目の前の土地を耕せ』」
チーグは言った。
「リングウェイ王国の文人ヤニスの言葉だ。おまえの理解が得られたことが、人間たちとわかり合う第一歩だと願っている」
そうして、緑色の瞳をいたずらっぽく輝かせながら口元をゆがめた。
こういうとき、チーグは本当に人間のようだと、ポーリンは考えていた。
<主な登場人物>
ラザラ・ポーリン:サントエルマの森で学ぶ若き女魔法使い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。
チーグ:ゴブリン王国の第一王子。人間の知識を得るための旅を終え、王国へ帰る途中。チーグの帰国を望まぬ者たちに命を狙われている。
ノタック:〈最強のドワーフ〉を目指す古強者。ジ・カーノのハンマーと呼ばれる魔法の武器を使いこなす。
デュラモ:ゴブリン王国の親衛隊長。チーグに忠実。
ノト:チーグの身の回りの世話をする従者。
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