第2話 赤いマントの隻眼の男
店の奥から、床板をきしませながら、大柄な男が歩み出てきた。
人目を引く赤いマントが印象的な
その男は、
そのたたずまい、雰囲気、
「あんた……〈四ツ目〉。いたのかい?」
オレンジ色の髪の男が、気まずそうにつぶやいた。
〈四ツ目〉と呼ばれた男は、酒場の親父に声をかけた。
「このご婦人、かなり腕のいい魔法使いと推察する。俺が推薦するから、仕事をくれてやってくれ」
低く堂々とした声でそう言った。
酒場の親父は、眼をひんむいたような表情そのままだったが、さきほどよりも興味の色が濃くなっていることはポーリンの目にも明らかだった。
「あんた、魔法使いかい?」
「……ええ」
魔法使いはしばしば偏見と拒絶をもたらす要因となる。サントエルマの森を出て以来、身分を明かすときと場所は選んできたポーリンだったが、今は明かすべきときと判断した。
「おお……魔法使いなら、ちょうどいい依頼がある。ちょっと待っててくれ」
そういうと、親父は手を拭き、
〈四ツ目〉と呼ばれた男は楽し気に小さくうなずくと、ポーリンの横を通りすぎようとした。
「……ありがとう」
ポーリンはおずおずと、感謝の言葉を口にした。
〈四ツ目〉は肩をすくめた。
「別にいいさ……幸運を祈る、お若い魔法使い」
そして酒飲みたちを追い払いながら、酒場を立ち去って行った。
「さあ、おまえらも帰った、帰った。魔法使い殿の邪魔をするなよ……」
何人かは、ポーリンの背中に恨めしい視線を投げかけ、そして酒場を去っていった。
厨房の奥から戻ってきた親父が、小さい
「異国の高貴な者の護衛の任務だそうだ。持って来たのは、子どものように小柄な奴だったがな……フードをかぶっていて、顔は見えなかった」
そう言って、うわづかいの目でポーリンを見つめながら、羊皮紙をどんと叩いた。
・要人の護衛任務。
・危険。
・旅の共となる魔法使いを望む。
・ただし、偏見のないものに限る。
・報酬は前金で金貨百枚、成功報酬としてその倍以上
記されているのはそれだけ。あまり文字を書き慣れていないのか、不揃いでやや読みづらいものだった。
「金貨百枚!?」
ポーリンは思わず声に出した。
「ああ……やばそうな匂いがぷんぷんするが、あんたぐらいぶっ飛んでる者にはちょうどいいだろう」
「この仕事、受けます」
ポーリンは即決した。
その覚悟が気に入ったのか、 そういうと、親父はひん剥いたような眼をそのままに、声をたてて笑った。
「……本当は、ここは夜しか仕事の
そう言ってひとしきり笑ってから、扉の方を指さした。
「ここを出て、通りを左に行け。そして突き当りを右へ行くと、小さな店が並んだ通りがある。コーヴィスの古本屋の、二階。そこで依頼人が待っている」
「ありがとう」
ポーリンは小さくうなずいた。
古本屋? いったいそこに何があるのだろう?
コーヴィスの古本屋はすぐに見つかった。靴を持つ
一階にはだれもいなかった。ただ、古書が本棚には収まらず、机の上に山と置いてあり、店の奥までは見通せなかった。
ポーリンは一階を探索することはせず、二階への階段を昇って行った。木造りの段がきしみ、静かな店内では
二階は薄暗く、殺風景な部屋だった。
天窓からの光が差し込む部屋の奥に机があり、その机に一人の人物が椅子に座って本を読んでいた。そのわきに、二人の人物が立っている。右隣の者は小柄で、左隣の者は背が高く、鎧を身に着けているようだった。
「すいません」
小さく声をかけながら、ポーリンはゆっくりと近寄った。
薄暗いなか、しだいに部屋の奥にいる者たちの顔が明らかになる。色黒の膚に灰色の髪と緑色の瞳、太い唇の間からは小さな牙がのぞいていた。
それは人間ではなく、ゴブリンだった。
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