第27話 気のゆるみ

 ルドに掴まり、その袖がシワになってしまうまで泣いてしまった。

 大人になってから、こんな風に誰かに迷惑をかけることなど一度もなかったのになぁ。


 だいたい、そうならないように一人でいきてきた。

 誰にも頼らず。誰にも迷惑かけず。

 だって強く気を張っていかなければ、一人でなんて無理だったから。


 気が緩むにしても、これは絶対にいい傾向じゃない。

 考えなしで動いたことでルドに迷惑をかけ、サラを危険な目にも合わせてしまった自分がどうしても許せなかった。


 気が緩むとかの問題じゃないわ。


 私は毒を盛られたことも、どこかで他人事だと思いながら聞いていたんだ。

 だから全然慎重な行動を取れなかった。


「ごめんなさい、ルド様……サラ……」


 私は今アーシエだというのに、その意味を理解出来てなかったなんて馬鹿すぎる。

 アーシエである以上、アーシエとして考えてアーシエとして行動しないとダメなのよね。


「次からはちゃんと考えて行動しますわ。私……本当にみんなに迷惑をかけてしまってごめんなさい……。サラまで危険な目に合わせるところだったし」

「それは違います、お嬢様。わたしの仕事はお嬢様をお守りすることです。それはそのお優しい心も含めてでございます」

「でも私は気づいてたのよ。ルドからの返事が手紙じゃない時点で、おかしいなって。なのにただ外の空気を吸いたいって願望から、離宮を離れてしまった」


「それはアーシエだって、まさか王宮内に害をなす者たちがいるとは思わなかったからだろう?」

「……はい、そうです。でも! でも、そこまでちゃんと考えるべきだったんです」

「一番の問題は君の行動などではなく、この王宮に敵が入り込んでいることだろう?」

「それはそうかもしれませんが……」


「反省もやり直しもいつでも出来るさ。生きてさえいればね。だがこれはそれだけでは済まない。アーシエの敵となるものは全て排除しなくては、ね」

「ルド様……」

「何も心配しなくてもいいよ、アーシエ。全ては僕が見つけて、ちゃんと処分してあげるからね」


 ルドはそう言いながら私の頭を撫でた後、その手をすべらせ頬にあてた。

 私はそのルドの手に、自分の手を添える。


 温かく、その手に触れるだけで少し落ち着いてくる自分がいた。


 ルドの言うという言葉が、どう頑張っても怖い方にしか思えないんだけど大丈夫かな。

 でもいいや。敵のことを心配出来るような立場でもないし。


 ルドの名を語った時点で、大罪になることだけは私でも分かる。

 いくら公爵家に頼まれたからといって、王太子殿下の名を語り騙すなんてありえないわ。


 私なら怖くて死んでも出来ないし。

 公爵家からのお金か、脅されたか。

 もし後者であるなら、まだ救いようもあるんだけどな。


 ともかく今はその人たちを見つけないとダメね。そしてこれからの対策も。


「まずはそうだな。サラ、君は今回の関係者の顔を覚えているか?」

「はい殿下。もちろんでございます」

「その者たちを捕まえ、尋問をして背後を調べるしかないな。侍女たちならば、すぐに吐くだろう」


「ルド様、彼女たちももしかしたら何か事情があるのかもしれません。なので、それが分かるまではあまりひどくしないで下さいね」

「アーシエは本当に優しいな。こんなことをされたというのに……。彼女たちにも聞かせてあげたいよ」

「そんなことはございませんわ。もし脅されてたらと、ふと思ってしまったんです」

「そうだな。背後関係もゆっくり調べるとしよう」


 王宮に上がるような侍女は、そのほとんどが貴族令嬢たちだ。

 横のつながりで仕方なくというのもあるだろう。


 許されないことであることは分かるけど、ヤンデレなルドがやりすぎてしまっても困るもの。

 ルドが怖い王だって、みんなに思って欲しくなんてないし。


「あ、あと、当面の連絡方法はどうしたら良いですかルド様」


 昨日の今日で外に出たいなんて思わないけど、この先何があるとも限らないし。


 このままだとルドにお手紙を送ることも出来なくなってしまうからね。

 ルドとの連絡手段は、どちらにしろすぐに考えておかないと。


 首謀者も協力者もどれたけいるのかもわからないし、規模によっては数ヶ月かかるかもしれない。

 全く、権力者ってこんなにもウザイものなのね。


 王宮の内部にまで、自分たちの手の者を率いれてるだなんて。

 ユイナ令嬢はそこまでして、王妃に……ルドのことが好きなのかな。


 でも今なら少しは分かる。

 好きって自覚してしまったら、止められないよね。


「手紙を渡す相手を限定するのは必要だな。毎回サラから、王宮の侍女に渡る際も必ず同じ人間に託せるようにしよう」

「候補はルド様が決めて下さい。ルド様が信頼出来る侍女でしたら、安全でしょう」

「そうだな。それは王宮の母上付きになっている、侍女頭に任せよう。彼女なら、誰よりも信頼出来る」


「では、後日サラとその方との話し合いをお願いいたします」

「ああ、そうしよう」


 んー。でもそれだけでは少し不安なのよね。

 二人がいる時はいいけど、緊急時とか二人がお休みの時にどうしてもな用が出来たら困るし。


 何かいい案はないかなぁ。


「お花……」

「花?」

「まぁ簡単にバレてしまうかもしれませんが、一応応急的な方法として、私がお手紙に花を添えたらルド様はその花をもらって下さい。でも私が花を添えてなければ、逆に花を添えて欲しいです」


「交互、ということだね」

「はい。二人がいる時は大丈夫ですが、もしいない時に他の者に託す時は、必ずこれをしましょう。そして誰が届けたのか確認すれば」

「手紙がすり替えられてても、分かるということか」


「はい、そうです。念のため、ですけどね。今回のことで手紙が紛失し、ルド様が犯人捜しをしてると分かれば、きっと下手なマネはしないと思いますが」

「そうだな。それはいい案だ。もっとも、このまま彼らがみんな処分されるのが一番だかがな」


 ルド様、目が全く笑ってませんよ。

 しかもこの場面は、処分~じゃなくて何もなければって言うところじゃないんですかねぇ。


 ルドってヤンデレなのか、元々過激な性格なのか、ちょっと微妙なところね。

 でもルドの話じゃないけれど、そろそろ悪役様ご一行にはご退場願いたいんだけどなぁ。


 私にはルドの攻略だけで手一杯だから。


 なんてささやかな私の願いは、数日後ルド捜査と比例することはなく一枚の招待状と共に崩れ落ちた。

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