第32話 ドレス選びからすでに戦闘デス
数名の侍女とアシスタントを連れて、子爵夫人がこの部屋へとやってきた。
この人が王妃様お抱えのデザイナーさんなのね。
歳は50近いだろうか。
ひっつめた髪をお団子のようにまとめ上げ、大きな黒縁の丸メガネをかけている。
髪はベージュに近く、薄いブロンドといった感じだ。
首まで詰まったドレスとメガネが、キチンとした性格を表しているように思えた。
メガネあったんだ、なんてのんきなことを思う間もなく、やや厳しめな目線と言葉が飛ぶ。
「初めてお会いいたします、クランツ令嬢。この度は殿下のたっての願いということで引き受けさせていただきました、マリナと申します」
「わざわざ離宮までご足労ありがとうございます、マリナ子爵夫人」
ルドたってのってところからも、棘が痛い。
たぶんルドたってのじゃなければ、引き受けなっかったのよって言ってるようなものだもの。
「さっそくですが、お茶会へのドレスということでいくつかのパターンをお持ちさせていだきました。ご覧になりながら、まずは採寸をさせていただきます」
私の挨拶など華麗に無視し、そのままアシスタントたちに採寸の指示を送る。
アシスタントたちは無言のまま私に一礼したあと、手際よくドレスを脱がし採寸を始めた。
いきなりほぼ裸だし。
普通、採寸失礼しますとかなんかないのかな。
さすがにこれが主流ってわけでもないでしょう。
だって、急に体を触られるのとか嫌すぎるし。
もっともこっちは、無理言ってやってもらってるんだから文句は言えないのだろうけど。
まるでオーナーの意向をくみ取っているかのように、アシスタントたちの動きも機械的だ。
横に立っていたサラがかなり険悪な顔をしているが、私はなだめるように首を横に振った。
怒りたくなる気持ちはわかるけど、さすがに大人にならないとね。
先に無理を言ったのはこっちなんだし。
今怒ってしまえば、心証が余計に悪くなるだけだもの。
きっと彼女たちも、私がルドの他に想い人がいて毒を~なんて公爵家が流した噂をしんじているのかもしれないし。
そうじゃなくても、ルドが囲った令嬢がワガママを言ってドレスをねだったと思っているのかもしれない。
まぁどっちにしても、良く思っていないということだけは伝わってきた。
「どのようなドレスが令嬢はお好みなのですか?」
夫人は侍女たちにマネキンに着せたドレスたちを並べさせた。
ああ、ここから選べってことか。
ん-、どれって言われても何がいいのかさっぱり分からないし。
ドレスはピンクやグリーン水色など色とりどりで、若い子が好きそうな色が並べられている。
きっと私のために、鮮やかな色を選んできてくれたのだろうなということが伝わる。
嫌だとかは思いながらも、そこは一応お仕事って思ってくれているんだろうな。
「あまり派手ではないドレスがいいのですが、私は流行りなどが分からなくて」
「……ワタクシが作るドレスはどれも伝統的な物ばかりですからね」
んんん? え、私の言葉を嫌味みたいに思ったのかな。
言葉通りの意味だったのに、きっとこの中には流行りのドレスがないって裏の意味で取られてしまったみたい。
違うのに、そうじゃないのに。
あああ、もぅ。
「えっと、私ではふわふわしたような綺麗なドレスは似合わなくて」
「ではワタクシのドレスでは合わないかもしれませんね」
ちがーーーーう。なんでそうなるの。
全然、話が通じてないじゃない。
こういうのって、どう言えば正解なの?
かみ合わないのを通り越して、言葉を交わせば交わすほどこの部屋の中の空気がどんどん険悪なモノに変わっていく。
たぶんこれ以上しゃべらずに、きっと選んだ方が良さげね。
でも形がほぼプリンセスラインのように膨らんだ裾のドレスで、足が見えないタイプなのよね。
これが主流だというのは分かるけど、この手のタイプは座ったり歩いたりするのはドレスが邪魔。
もっとこう、シュっとしたマーメイドみたいなのがいいんだけど。
ああ、言う勇気はもうないよ。
ふにゃりと溶けたくなる私に比べて、子爵夫人はまっすぐっていうか、堂々としているわね。
いい意味で、仕事熱心で自分の仕事にプライドを持ってる人なんだろうな。
「色は青か紫が好きなので、この水色のがいいかなぁ」
「お嬢様は淡い色よりも濃いめがお似合いですが、春ですので薄いピンクもいいのではないですか?」
ドレスを前に、ただ困り果てている私を見かねたサラが声を上げた。
その様子に、なぜかその場の全員の視線がサラに集まる。
ん? 何か変なコト言ったかな。
あ、色を侍女であるサラが言ったらダメだった感じ?
でもサラ以外に誰も意見くれないんだもん、仕方ないじゃない。
「ピンクかぁ~、確かに春だしねー。それもいいかも。それにあんまり濃い色だとほら、私強く見えちゃうし?」
「え、そこは強く見えても別にいいんじゃないですか、お嬢様」
「えー。こんなに優しくか弱いのに?」
「でもほらお嬢様、お茶会は貴族令嬢の戦争なのですよ」
「それどうなの……」
「ファイトです! パワーです!」
「うん。勝てる気がしないんだけど」
「お嬢様ならきっと大丈夫です」
そんな風にガッツポーズして見せてもダメです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます