第10話 ついボロボロと

「わぁー。すごい」

「食べられるものはありそうかい? 君が好きそうなものを持ってきたんだが」

「はい。すごく美味しそうです!」

「そうか。それは良かった」


 色とりどりの見たこともない果物と、瑞々しいサラダたち。

 あとは焼きたての香ばしい小麦の匂いが香るパンに、湯気を立てた具沢山なスープ。


 一目で美味しいと分かるものたちばかりだけど、二人で食べるにはかなり多い気がする。

 初めて二人で食べるから、量が分からなかったのかな。

 明日からのこともあるし、残るようなら勿体ないから量を調整してもらわないと。


 私はというよりも、アーシエのこのか細い体にはそれほど入りそうもないし。


「一人で着替えが出来るなんて、アーシエはすごいね」

「侍女の代わりに給仕をなさるルド様に比べたら、何もすごいことはないですよ?」

「そうかい?」


「そうです。一体、そんなのどこで覚えたのですか」

「よく子どもの頃は、乳母や侍女に付きまとっていたからね。簡単なことぐらいは見て覚えてしまったんだよ」


 王妃様もそのお立場上、お忙しかったのかな。

 そしてその寂しさを埋まるために、乳母と侍女に懐いていた。


 なんか今のヤンデレ具合からは想像付かないけど、きっと可愛らしい子どもだったのだというコトだけは伝わってくる。


「なんか可愛いですね」

「いや、実際そうでもないさ。子どもの頃のアーシエの可愛さに比べたらね」

「そうですかねぇ。でも絶対に可愛かったと思いますよ。ふふふ、見てみたかったな」


 アーシエの子どもの頃を知ってるってことは、婚約者候補になったのは結構前だったのかな。

 そこら辺も家族か何かから、聞き出せたらいいんだけど。

 背景とかも分かった方が、絶対いいわよね。

 なにせ、全く記憶がない状態だし。


「ともかく、まずは食事を食べよう。せっかくのものが冷めてしまうよ」

「はい、ルド様」


 テーブルに近づくと、ルドはそっと椅子を引いて私を座らせた。


 そして自分も席に着くと、手際よくお皿にサラダなどと取り分けてくれる

 見たことも、名前も分からないモノたちだが、感覚で好きなモノばかりな気はしている。


「ありがとうございます、ルド様」

「いや、いいよ。さあ、召し上がれアーシエ」


 言われるままに口にまずは果物を一つ、口に入れた。

 苺のような赤い果実はたっぷりと果汁があり、とても甘い。


 味は、昔食べた苺よりも濃厚に思える。

 んー。高い苺だと、こんなに濃厚なのかな。

 全く酸味がないし、すごく美味しい。


 これでジャム作ったら、絶対に砂糖いらないやつだ。


 あー、サラダにかかってるオレンジ色のドレッシングも果物みたい。

 葉っぱはレタスとかに近いのかな。

 それにしても、なにを食べても美味しい。


 人が作ってくれて、しかもこんな風に用意までしてくれてる食事なんて、いつぶりくらいかな。

 いつもは味気ないコンビニのサラダとか、菓子パンばっかりだったし。


 ふと、視線を感じて正面を見た。

 そこには、にこやかなルド顔がある。


「る、ルド様? ルド様は食べられてないのですか?」

「いや、アーシエがあまりにも美味しいそうに食べるものだからね。ついつい、見入ってしまったんだよ」


 さらりと言わないでよ、そんなこと。

 やだ、私ったら一言もしゃべることなく夢中になってパクパク食べてしまっていたし。

 食い意地張りすぎって絶対に思われたわよね。

 そうじゃなくても、アーシエっぽくないって思われてるはずなのに。


「だって……美味しかったんですもの」

「そうかい? それは良かった」


 ルドは笑ってくれているけど、絶対に貴族令嬢っぽくはないわよね私。

 あーーー、またやってしまったわ。

 本当に気を付けないと。

 私はもうアーシエなんだから。

 いつまでも前の世界の美奈みなのままじゃないんだった。


 本当に気を付けないと、ボロ出まくりだし。

 私がアーシエではないなんて、きっと誰にも知られたらいけない一番のコトだもの。


 貴族令嬢っぽいっていうのは、あんまりわからないけど、とにかく上品でおしとやかによね。


「ココでは、さっきみたいなアーシエでいいんだよ。二人しかいないんだから」

「ダメですぅ。ちゃんとおしとやかにしておかないと」

「そうかな。アーシエが昔に戻ってくれたみたいで、僕はうれしいんだけどな」


「それ、私が子どもみたいってことですかー?」

「あはははは。それは、まぁ、そうかもしれないが」

「もー。それは全然ほめてないんですからね、ルド様」


 だけどルドのその言葉も、笑みにも救われた気がする。

 どこまでいっても、私はきっと完璧なアーシエになれることはないのだから。

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