第7話 嫁に行けない

 カーテンから日差しがこぼれ、うっすらと頬に当たる。


 気だるさはいつも通りか。今は一体何時だろう。

 って、夜勤なのに、朝日で目が覚めるってマズイでしょう。

 もしかして、やっちゃった?


 ヤバイ。怒られる。

 交代の人に引継ぎして、婦長に謝って……。

 あとはインシデントレポートで済むかな。


 飛び起きようとした私の体を、何かが阻んだ。


 なんで上手く起き上がることが出来ないの。

 固い何かに、しっかりとブロックされているというか。

 掴まれているというか。


 私はわけがわからないまま、意識を浮上させて辺りを見渡す。

 すると目の前の視界いっぱいに、ルドの顔が広がった。


「やぁ、おはようアーシエ」

「お、お、お、おはようございます? ルド様……」


 この状況はなに? え、私今どうなってるの、これ。


「うん、よく寝ていたね、アーシエ。ずいぶんと疲れていたみたいだ」

「そ、そうですね。すみません。昨日は食事を取りに行っていただいたのに、私は寝てしまったのですね」


「そうだね。あのまま傍にいたら、君が眠りに落ちる瞬間も見れたのに残念だったよ。確かに君の言う通り、侍女は必要だね。君をずっと見ているためには」

「侍女、そうですね。侍女は必要です。って、それはそうなのですが、あの、これはどういう状況なのでしょうか?」


 いや、確認しなくても分かるんだよ。

 分かるんだけど、頭の中を整理するためにもこれは確認させて。

 なにがどうなったら、ルドの同じベッドで寝ているのかなぁ。

 しかもしっかり抱きしめられているし。


 そう。ブロックされているように思えたのは、ルドのしっかりと腕だった。

 王太子のわりにと言っては失礼かもしれないが、やや日に焼けたその腕はしっかりとしている。


 太いというわけではなく、そう筋肉がちょうどいい感じに付いている感じ。

 剣とかも使ったりするのかなぁ。


 ん-。普通の乙女ゲームだと戦闘シーンとかないんだけど、コレがどんなモノか分からないから、一概に戦闘シーンがないとは言えないのよね。


 戦闘シーンがあっても私はアーシエじゃないから何も出来ないんだけど。


 あ、でももしかして魔法とか使えたらうれしいな。

 って、今はそんな場合じゃない。


「どういうって? 添い寝かな」

「かな、じゃなくて……。こ、こんなことダメです」

「どうしてだい?」


「だって、まだ私たちは」

「婚約なら心配しなくていいよ。僕は君以外とするつもりはないし」

「そうだとしても、私たちはまだ結婚前なのですよ」

「相変わらず、アーシエは固いなぁ」


「固いとか、固くないとかそういう問題じゃありません」

「じゃあ、どういう問題なんだい?」

「それは体裁というものもありますし、こんなことでルド様のお立場や何かあったら大変ですし」

「それだけなのかい?」


 確かに、これだけでは好きとは伝わらないわよねー。

 形式的っていうか、あくまで令嬢としての意見でしかないし。

 ルドは満足しないわよね。


「それに、です。ルド様の胸の中で眠るなんて、ドキドキして心臓が持ちませんし、気になって熟睡できませんから」

「あはははは。それはまた可愛いな、アーシエ」

「もう、からかわないで下さい」

「いや、からかってなどいないよ。あまりに素直な反応だったので、可愛かったんだ」


 普通に笑うルドの方がよほどかっこいいのになぁ。

 スチールとかじゃなくって、生身の殿下とか、破壊力ありすぎでしょう。

 しかも初めてちゃんと普通に笑ってくれた気がするから余計ね。


 まったくアーシエさんはルドが病んでしまうほど、何をしてくれたのかしら。

 ある意味、私にとっても本当に迷惑だわ。


 まぁ、事情があったのだとは思うけど。


「んんん?」

「どうしたんだい、急に変な声を出して」

「わ、私ってドレス着ていませんでしたっけ?」


 確かに意識を手放す前は私、ドレスを着ていた。


 薄汚れていたし、ベッドを汚さないためにも着替えなきゃって思ったけど、あまりに疲れて寝てしまったのよね。


 でも今はその時着ていたドレスではなく、ネグリジェのようなワンピースになっている。

 しかもこの部屋には侍女はいなかった。

 ってことは、つまり、つまりそういうことよね!


「ルド様が着替えさせたのですか!」

「あのまま寝かせるわけにもいかなかったからねぇ。寝苦しそうで可哀想だったし」

「えーーーーーー」

「大丈夫だよ、全部見てないから」


「ちゃんと全部は、って。でも全部じゃなければ見たってことですよね?」

「それはほらねぇ、今後の楽しみにとっておかないと」

「んんんんん」


 私は自分でも見なくても分かるくらいに赤くなった顔を、両手で覆い隠した。

 あああああ、ルドに見られた。だからちゃんと着替えなきゃって思っていたのに。


 ううううう、もうお嫁に行けない。

 本当に行けないよーーーー。

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