第6話 好き好きアピールしてみる

 鳥籠に入れるとは言ったって、本来令嬢は一人では何も出来やしない。

 身支度や入浴、それに食事の用意。

 それらは普通ならば侍女たちが手伝ってくれること。


 それなのにココにその侍女すら入れないなんて、徹底しているとは思ったけど、これからどうするのかしら。


 まぁ、私には過去の記憶があるから着替えや入浴は困らないだろうけど。

 にしてもねぇ。


「では、私の家から侍女を呼ぶわけにはいかないのですか?」

「どうしてそんなに二人でいることを拒むんだい、アーシエ」

「いいえ。そうではありません、ルド様。むしろ逆ですわ」


「逆?」

「だって、ルド様がいちいちそんな用事をしてしまったら、私と一緒に居られる時間が少なくなってしまうではないですか」

「……」


 どうよ、これ。

 今度こそ、この受け答え完璧じゃない?

 しおらしくルドを想うフリをしながら、ちゃんと要求をする辺りが絶対にいい感じだと思うのよね。


 しかも顎の下で両手を組みながら、上目使いで見つめれば、落ちないワケがないでしょう。


 ほら、ちゃんとあざとく好き好きアピールしていますよー。


 ルドさぁぁぁん、ここはそんな風に疑ったような顔をせず、大好きな彼女の意見を取り入れるべきじゃないですか~?


 ああ、でも急にこうもキャラが変わったら、やっぱりおかしいかな。

 でもアーシエとしての記憶がないから、どんな人間だったのか分からないし仕方ないじゃない。


「そうだな……。アーシエがそこまで言うのなら、善処しよう」

「ありがとうございます、ルド様。うれしいです」

「アーシエ、他に要望はあるかい?」


「あ、あの。家の者との連絡は取れるのでしょうか。このようなことが起こって、きっと心配していると思うのです」

「ああ、そうだな……。そちらは、早急に対応しよう。だが……」

「分かっています。私はここから出るつもりも、ルド様のお傍を離れるつもりもありません」


 そう、ある意味これは本音だ。


 今この何も分からない状況で家に帰らされたところで、対応のしようがない。

 だって家族のことも、何も分からないんだもの。


 これ以上分からないことを増やしてしまって、このヤンデレルートから抜け出せない方が困るのよね。


 ただアーシエとしての記憶がないことをうまく伝えて、過去のアーシエがどんなだったか、なぜこんな状況になっているのかを探らないと。


 一番の問題は、敵と味方が分からないのよね。


 私がもし本当にヒロインだったとしたら、こうなった原因を作った本物の悪役令嬢や黒幕がいるはずだし。


 下手に今の状況でそんな敵と対峙したら、バッドエンドまっしぐらだわ。


「その言葉が君の本心であることを祈るばかりだよ」


 ルドは一瞬視線を落としたあと、ベッドから立ち上がった。

 私は演技をやめ、真っすぐルドを見つめる。


 アーシエとルドの間に何があったのだろう。

 大好きだった人を牢に入れなければいけないような何か。


 さっきルドが言っていた、毒の話が真実なのかもしれないけど。

 きっと私はそれを知らなければいけないのね。


「きっと今はまだ信じてもらえないかもしれません。私自身も何が起きたのか、まったく思い出せないのですから……」

「思い出せない、か」

「でもコレだけは分かります」


「なんだい、アーシエ」

「私はルド様の傍にいると安心します。このお部屋も、です。私のために一生懸命用意して下さったんですよね。その思いをどうして無下に出来ますでしょうか」

「君は……」


「ルド様?」

「いや、そこの奥に着替えがある。僕は何か君が食べれるような物をもらってくるから、それまでに着替えておいてくれ」


 何かを言いかけたルドは深く息を吐いた後くるりと向き直り、私に着替えの場所を指さした後、部屋から出て行った。


 やや重たく、ガチャリという鍵のかかる音。

 そんな鍵までしなくたって、逃げ出したりしないのに。


 ああでも、侵入者は困るから安全のためには鍵があった方がいいのか。


 そうね。普通、ココが自分の家だったら確実に鍵しめるものね。

 あれこれ考えすぎるのはやめよう。


 ヤンデレルートって下手に意識しすぎて、余計に固くなって失敗したら意味がないし。


 あくまで自然体で恋人に接するようにして、溺愛ルートとかに移行してくれるのを祈らないと~。

 って、恋人出来たコトないのに、全然大丈夫じゃないよ。


 まず誰か、私にゲームじゃない恋を教えて!


 泣きそうになりながら、そのままベッドに横になる。


 ああ、着替えないとルドが戻ってきてしまう。

 そんな思いとは裏腹に、やや火照った熱も意識も冷たいベッドに広がって落ちていった。

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