第8話 ベッドの上で二人は

 あああ、なんで寝ちゃう前にちゃんと着替えなかったのよ。

 おバカすぎるでしょう、私。もー、最悪だわ。


 いくら疲れていたからって、あの状況では絶対ダメなことぐらい分かっていたハズなのに。

 自分の電池が切れるまで動き回ったり頑張ったりするのって、本当に前からの悪い癖すぎるわね。


 今はアーシエなんだし、もっと慎重になって気を付けないと絶対にボロが出ちゃうわ。


「そんなにジタバタして、あんまり可愛いことばかりしていると食べてしまうよアーシエ?」

「だ、ダメです! 絶対に、ダメです。たたたた、食べるってなんですか、ルド様。アーシエは食べ物などではないです‼」


 うーーーーー。もう。なんなのこの状況は。恥ずかしすぎる。

 寝落ちで着替えさせてもらっただなんて、想像しただけであああああ。


 うん。やめよう、考えるの。

 考えれば考えるほど、恥ずかしくなるもの。

 こういう時の想像力だけは、いらないわね。


 悶えれば悶えるほど、ルドのツボになっているみたいだし。

 食べられたら本当に困ります。

 ヤンデレな上に18禁だなんて、ダメです絶対。


 私にはハードルが死ぬほど高すぎます。

 そういうのはもう少し慣れてからにしていただかないと。

 こっちは恋愛激初心者なんだから。


「あはははは。ああ、本当に可愛いね。こんなに豊かな表情を見せてくれるのならば、もっと前から鳥籠ココに入れてしまえばよかったよ」


 そう言い終えたルドは私の頬に触れた。

 急にルドは無言だ。

 真剣で、それでいてなんか悔やむような……。

 だからこそ、私は目が離せないでいた。


「ルド様?」

「……」


 二人の間にあった何か。

 きっとそれがこの歪んだ関係性も、この苦しそうに見える表情もさせているように思えて仕方ない。


 もしかしたらアーシエの記憶がなくなってしまったというか、アーシエがある意味死んでしまった原因さえわかれば、ヤンデレルートから抜け出せる気がする。


「ルド様、どうかそんな顔なさらないで下さい」


 ルドがしたように、私はルドの頬に触れた。

 私はアーシエではないし、今は不純な動機でしかないけど、きっとルドの苦しみも取り除くから。


「アーシエ、君は……」

「?」

「いや、なんでもないよ。さぁ、支度をして朝ご飯にしよう。昨日のうちに君の家には手紙を届けてもらっているから、きっと午後には連絡がくるはずさ」


「まぁ、そんなに早く連絡をしてくださったのですか」

「君の、たっての望みだからね」

「うれしいです、ルド様」


 まだアーシエの実家が味方か分からないけど、少なくとも進展はするはずね。


「お仕事行かれますよね。すぐ着替えますわ」

「いや、行かない。仕事はココですることにしたんだ」

「え? で、でもそれでは困るのではないですか?」

「いや、問題ない」

「問題ないって……」


 さらりと言ってのけるが、きっと問題たくさんだと思うのよね。

 でもまぁ、昨日の今日で逃げないから信じて欲しいと言っても無理があるか。


「私はどこへも行かないですが、今日は一緒に過ごしてくださいな。ここに慣れていなくて、一人では寂しいですから」

「アーシエ……。もちろんだよ、一緒に過ごそう」

「ふふふ。ありがとうございます、ルド様」


 私の返答がよほど良かったのか、先ほどの硬い表情はもうどこにもなかった。

 そして私の頭や顔をなでたあと、ルドはゆっくりとベッドから立ち上がる。


 あああああ。シャツ、ルドのシャツがはだけているんですけど?

 これ目のやり場に困るから。

 目に毒っていうか、もーーーー。どこ見てればいいのよ。


 ひとしきりジタバタした後、もう一度布団に潜りこむ。

 心臓がもちません。

 生スチールじゃなくて、そう、ルドも私も生身の人間なんだもの。


 頭の中で乙女ゲームの世界だって思っても、もう私がココにいる以上、ココで生きている以上、これはすでにゲームなんかじゃないのよね。


 それがなんだか私には、言い様のない底の深い怖さがある気がしてならなかった。

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