第2話 誰かの罪をかぶる時
「アーシェ、自分のしたことを思い出して少しは罪を認める気になったかい?」
「殿下……」
近づいてきたのは、先ほどの見回りの兵ではなかった。
そして私の口から、『殿下』という言葉が自然に紡がれる。
記憶は全くないけど、おそらくこのアーシェと呼ばれたこの子が常日頃から使っていた言葉なのだろう。
どうやら、彼が断罪相手のようだ。
黒艶やかな髪に、やや紫を帯びた瞳。
スラリとした体格で、身長も高めだ。
しかし柔らかそうな瞳は、今私を睨みつけている。
殿下っていうぐらいだし、王道を行くキャラからしてメインキャラだとは思うけど。
アーシェはそのヒロインのライバル役の悪役令嬢だったかな、たぶん。
しかし、彼を目の前にしても何も思い出せない。
アーシェさん、貴女はヒロインに何をしてしまったんだい。
自分が断罪されないからって、やめてよホント死ぬほど迷惑だわ。
いや。アーシエさんって、死んじゃったのかなぁ。
まぁ、私は死んじゃった身だけど。
ある意味、彼女は幸せね。
どうやったのかは知らないけど、この断罪から一番に逃げ出せたのだから。
でも今はそんなことを考えるよりも、やらなきゃいけないことがあるわ。
「私は何もしていません。そ、それに何も、思い出せないのです……。どうか、信じてください!」
手枷と足枷の音が牢屋の中に響く。
力が入ったあまり、動こうとした私の体をそれらが阻んだ。
何もしてないかどうかは実際分からないけど、何も思い出せないのはホントのことだもの。
嘘は言ってないわ、嘘は。
そもそも本人でもないということが彼に伝えられればいいのだが、そんなことを今言ってしまえば頭がおかしくなってしまったと思われてしまうわよね。
私が彼の立場なら、牢屋に入れられて狂ってしまったって思うもの、絶対に。
あー、でもそんな演技の方が効果的なのかなぁ。
分かんないよぅ。
ゲームのように選択肢が出ないって、すごく大変なことなのね。
でも選択肢がない以上、あくまで冷静にこの断罪を回避しなきゃ。
「覚えてない、か……。くくくくく。これはまた……。そうだね……君は嫉妬の余り、ユイナに数々の嫌がらせをした挙げ句、彼女の飲み物に毒を入れたんだ」
「嘘……そんなこと、私……」
やだもう、なんてことをしてくれたのアーシェさん。
これ、どうあがいても断罪確定じゃないの。
確定演出キターーーーーー!
って、ちっがーーーーう。
断罪ルート先が処刑だったらシャレにならないわよ。
さっき死んでアーシェになったばかりで、私はまた死ぬの?
いやいやそれはさすがにそれだけは勘弁して欲しい。
そうね、せめて、せめて処刑ルートだけは回避しないと。
追放ルートなら、どうにかして生き残れるかもしれないし!
社畜だったんだもの。
過酷な環境だって、多少は他人より免疫あるんだから。
死ななきゃなんとかなるでしょう、きっと。
絶対、私は二度目の人生は異世界満喫してやるんだから。
そうよ、私。その意気よ。怖くないもん、断罪なんて……。
「してない。そんなこと、していません。お願いです、私をどうか信じて下さい、殿下‼」
「まだ認めないと言うのだな、アーシエ。このまま罪を認めなければ、どうなるか分かっているのか?」
スルリと殿下の手が、牢屋の外から私に伸びてくる。
綺麗な汚れを知らなさそうなその手は、そのまま私の首を優しく掴んだ。
殺される。この人、本気だわ。
自分でも、体がガタガタと震えているのが分かった。
「これが最後だよ。分かるね? アーシェ。君は僕を愛する余り嫉妬に狂い、ユイナの飲み物に毒を入れた。さぁ、言ってごらん?」
「私……は、殿下を愛する余り……」
「殿下ではないと、前にも言ったはずだ! 僕のことはルドルフ、ルドと呼べと」
「ルド様……」
「そうだ、いい子だ。さぁ、続けて?」
怖くて怖くて、涙が溢れてくる。
しかし、殿下、ルドはそんな私を満足そうに見つめていた。
「私はルド様を愛する余り嫉妬に狂い、ユイナ様の飲み物に……毒を入れました」
ううう。罪を認めてしまったわ。
やったのか、やってなのかさえも分からない罪を。
って、そもそも私の罪ではないし。
しかし、こうするより他に命が助かる道はなさそうだったから。
仕方ないとはいえ、辛すぎる。
だからせめて断罪ルートの先が、追放ルートであって欲しい。
痛いのだけは嫌だよ。
いくら一度死んでいるからって、こんなにすぐに死にたくない!
ホントにこれ、どうなっているのよ。
神様そろそろ出てきてくれてもいいんですよ?
やだ。本当に助けて……。
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