悪役令嬢の鳥籠~乙女ゲームに転生からの、ヤンデレルートなんて嫌すぎる!!~

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話 始まりは金髪ドリルロール

「違うんです‼」

「何が違うとでも?」

「だ、だから。ルド様……、あの……その……私、私は」


 ゆっくりと、王太子であり婚約者でもあるルドが近づいてくる。

 ベッドが軋む音は、これから始まることを伝えているように思えた。


 ココは逃げ場のない鳥籠の中。


 その中のベッドの上に落とされた私は、恐怖からゆっくりと後ずさった。

 するとそれをルドの顔色が、スイッチが入ったようにガラリと変わる。


「ああ。もしかして僕から、まだ逃げようとしているのかい?」

「んーーーー」


 足首を捕まれ、そのままルドの方へ引き寄せられた。

 そしてルドの手がそのまま私の体をゆっくりと、なぞり昇ってくる。


「やっぱり、そうだね。優しくしてあげようかと思ったけど、それではダメみたいだね」


 その瞳は、ただ仄暗い光を湛えていた。


 逃げるイコール拒否と取られてしまったのね。

 選択肢せんたくしを間違えてしまったんだろうけど、でも普通逃げるわよね。こんな展開。


 もしかしてこのまま18禁展開なの?


 ヤンデレルートの18禁なんて、元喪女だった私には全然無理なんですけど。

 先ほどまでの断罪ルートのがまだマシなのかと思えるこの状況で、私は数時間前のことを思い出していた。



     ◇   ◇   ◇



 薄暗い空間に重い鎧を着た人の足音だけが響いていた。


 ――カツン、カツン。


 その足音がどこに向かうのかなど、考えるまでもない。

 ココは行先なんてない、ただの牢獄なのだから。

 息を吸うだけで、むせ込みそうになるほどのカビ臭さ。

 肌に吸い付くような感覚は湿気が多いせいだろう。


 冷えきったむき出しの床は体から感覚を奪い、腕を縛っている鎖が私の自由までも奪っている。


 牢の前に吊るされたランプだけは辺りを照らしているものの、自分の回り以外どこまでこの空間が広がっているのかも想像はつかなかった。


 時折聞こえて来る他の囚人たちの放つうめき声に、私の気力もすでに限界だった。


「本当に……なんなのよ、ココ。どうしてこうなったのよ……」


 どうしてこんなことになったのか。

 ちがう。

 どうしてこんなことになっているのか。

 そもそもなぜ私がここにいるのか、まったく思い出せない。


 さっきまで確かに四連勤目となる夜勤をしていたはずなのに。

 何がどうしたら、こんなどっかの異世界のようなトコにいるの?


 私は自他ともに認める社畜。

 シフトに穴が空けば進んで夜勤に入り仮眠の後に日勤をして、また夜勤に入るというのを繰り返していた。


 まぁ、人と関わるあの仕事が好きだったし、倒れた仲間の代わりにするという使命感もあったんだけど。


 ただ問題は、仮眠から目覚めたら牢の中ということ。

 しかも先ほど見回りに来た兵士らしき人間は、明らかに私が知っている世界の人間ではない。


 しいて言うならそう、さっきまでやっていたはずの乙女ゲームだ。


「いや、うんそうだね。やっぱりどう考えてもさぁ、死んだんだね、私……。いやいやいやいや、寝落ちからの死亡とかってさすがにひどくない? もっとこうさ、キャーとかワーとかの後に神様とか出てくるものじゃないの?」


 ん-ーー。

 これって転生っていうのかな。

 夜勤の休憩中に乙女ゲームなんてやるんじゃなかったわ。

 前の人生に未練はないから、そこはいいんだけど。


 いや、きっと良くはないんだろうけど。

 死んでしまうとはナサケナイから、仕方ないとどこか諦めている自分がいる。


 ただ、この状況はアウトでしょう。

 いくら私の諦めが良い方だとはいっても、これは受け入れられそうにない。


「牢屋でドリルロールってさぁ、さすがにこれはひどくない? いや、絶対に神様とかいたら抗議するレベルでしょう。だってこれ、頑張っていい方に考えても、悪役令嬢とかの断罪ルートのエンディング部分じゃないのよ! いきなり起きてバッドエンドとか、おかしいでしょう!」


 金髪縦ロールは艶やかでしっかり固定されているよう。

 頭を左右に振ったくらいでは崩れそうになかった。


 きゅるんっとか音が聞こえそうなほどなぐらい、しっかりとカールが巻かれている。

 私はこの子の名前すら知らないけど、しっかりこの子そのものだし。


 憑依なんだか、途中転生なんだか知らないけど。

 問題はこの子の記憶みたいなのがないのよね。

 何も分からないまま断罪シーンまっしぐらとか、いきなり起きてエンドですか?


 神様さすがにもう少し手心っていうかさぁ、いや、私何かしたんですか……。


「ううう。もう、やだぁ……」


 天井から吊られた鎖に手を繋がれている以上、顔を覆って泣くことすら出来ない。

 出てくるのはため息と恨み言だけだった。


 そしてまたゆっくりと足音が近づいてくる。

 見回りの兵だろうか。


 彼に聞けば罪状を教えてくれるかもしれないけど、下手に刺激して危害を加えられても怖いし。

 あああ、もうどうすれば正解なのよ。


 暗闇も音も、この空間も、全てが重くのしかかる恐怖でしかなかった。

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