第21話 恋を自覚した瞬間

「ねぇ、サラ。もし心に決めた相手がいないのならば、うちのレオなんてどうかな?」

「な、なにをいきなりおっしゃるんですかお嬢様!!」


「何って。だって、サラが妹になってくれたらうれしいのに」

「わたしはお嬢様たちとは違い、平民ですよ。それは無理に決まっています。そう言っていただけるのは、とてもありがたく思います。身に余る光栄です。でも……」


 下を向き、何かを考えるようにサラは言葉を止めた。


 私はこんな暗く悲しそうな顔をさせたいわけじゃない。

 どうにかしてあげたい。

 こういうのを庇護欲っていうのかな。


「ん-。身分なんてどうにでもなりそうな気がするんだけどなぁ」

「無理ですよ、そんなの。レオ様は次期侯爵様となられるお方です。わたしなどが想いを寄せたら、それこそご迷惑になってしまいますわ」


「そうかなぁ」

「そうですよ。それに、わたしは見ているだけで十分なのです」


 見ているだけで十分だなんて、そんな。

 どこまで健気なの、この子は。

 やっぱり相手はレオなのかな。


 でもこの際レオじゃなくたって、絶対に応援したい。


 前世の記憶を駆使すれば、身分なんてどーとでもなると思うのよね。

 どこかに養子に一時的に入ってもいいわけだし。


 まだ今は警戒していて、急には相手を教えてくれないだろうけど、時間はたくさんあるのだから。


 ゆっくり、応援していけばいいわね。

 なんなら、私の嫁に欲しいくらいだわ。


 そんなこと口からもらしたら、あとが死ぬほど大変だけど。


「そ、そんなコトよりお嬢様はどうなのですか? もうすぐ正式に婚約されると聞いておりますし」

「んー。どうなのかなぁ。いろいろあって、どういう風に進むかも分からないし。ねぇサラ、それよりも好きっていうのはどんな感じなの?」

「どんな、ですか? んー。あまり考えたことはないのですが……」


 そうなのよね。

 コレって、明確な基準がないのよ。

 ルドのことは大切だとは思うし、そばにいたいとも思う。


 でも一方でそれは、ある意味打算的だ。


 ルドはアーシエとしての記憶がなくても、それでも自分のことを大切にしてくれる存在だから。


 だからこれが恋かと言われたら、違うのかもしれないって思う。


 そしてそんな風にルドのそばにいたいと願う自分も、少し嫌いだったりする。


 だって私は、アーシエではない。

 どうしてもそれが付いて回ってくる気がした。


「好きっていうのは、なんですかねぇ。簡単に分かりやすく言ってしまえば、その人のことが愛しく思えたり」

「うんうん」

「毎日でもそばにいて欲しかったり、そばにいないと寂しかったり……。あとは、んー。一緒にいると安心したり」


「寂しい、安心……愛しいかぁ」

「まぁ、それが全部だったりもするかもですが。でもやっぱり一番は相手のどんな姿を見ても、ああ可愛いって思える感じですかね」

「可愛いかぁ。私がサラに思っている感じと同じってこと?」


「お嬢様、それはちょっと違うと思います」

「えー。だって、ねぇ」

「だってねぇじゃないですぅ。男の人にっていう意味です」


「んー。難しいなぁ」

「そうですかねぇ」

「うん」


 サラは小動物枠だから、何もしなくても私の中では可愛いのよね。 

 くりくりお目目に、小さな背。


 でもたぶん、そういうコトじゃないのよね。

 あーでも、確かにルドも可愛いは可愛い。

 子犬みたいだし、髪の毛さらさらだし。


 そばにいたい、も間違ってはいない。

 あとは、寂しいだっけ?

 そうだ。私、確かに朝からルドがいなくて寂しい気もする。


 だから、サラにお茶の相手をしてもらっているんだもん。


 あれ?

 なんか考えれば考えるほど、私の中のルドがサラの言っていた好きな人とは~に当てはまる気がする。


 気のせいよね。

 だってルドしか私は知らないから。

 だからきっと、勘違いしてしまっているんだわ。


 そうよ。きっとそう。


 それなのにルドのことを考えれば考えるだけ、胸の鼓動は早く脈打つ。

 その大きな音は、自分でも耳に付くほどだった。


「サラ、恋ってさぁ……」

「お嬢様、わたしがさっき言ったような感情が重なってそこに小さな幸せがあれば、もう恋だとわたしは思いますよ?」


 サラは私の思いに気づいたかのように、まっすぐに私を見た。


 そこに小さな幸せ……か。


 昨日、ルドの髪を撫でながら寝顔を見ていた時、確かに私は幸せだった。

 ルドとこのまま一緒にいられたらいいなって思うほどに。


 そっか。これが恋、なんだ。

 まだ小さくても、ぼんやりしていて掴めなくても。

 これが恋。


 自覚した瞬間から、胸が変な感じだ。

 そわそわして、叫びたいようなじっとしていられないような。


「お嬢様、少しはお力になれましたか?」

「うぅ。そう、ね……。恋、か……」


 自覚しなかった方が幸せだった気もするのは、内緒だ。

 私は複雑な思いを流し込むように、ティーカップの紅茶を飲み干した。




 甘いお菓子を食べるために淹れられた紅茶は、なぜか今の私にはとても苦く感じた。


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