第42話 アーシエの日記
心配する母には、あの日毒を飲んだこと。
しかしその毒は自分で用意したものではなく、誰かに盛られたとのこと。
そして一番重要な、その毒のせいでアーシエとしての記憶が曖昧であることを正直に告げた。
母は涙ぐみながらも、何度も頷きながら最後まで話をきちんと聞いてくてた。
「心配しないで、お母様。今は殿下にとても愛されて、幸せなのですから」
「それなら、そう……それならいいの。あんなことがあって、あなたが殿下との婚約を諦めると言った時から、なにか起こるような気はずっとしていたから」
あんなことがあって、アーシエが殿下との婚約を諦める。
母の言葉にふと立ち止まる。
その言葉が正しいのならば、アーシエは少なくともルドのことを愛していた。
それなのに、なにかのきっかけによって婚約を諦めざるおえなかったということか。
もっとも、これは母たちに話した建前という可能性も捨てきれない。
やはり確認するには、日記か手紙かなにかアーシエが残したモノを確認するのが一番だろう。
「お母様、積もる話はまだまだ尽きませんが、殿下からなるべく早く戻るように言われているのです。今日は身の回りのモノを少し取りに戻っただけですので、また話は追々いたしましょう?」
「そうね。殿下からそう言われているのなら、そうした方がいいわ」
「はい。では、失礼しますね」
母と話せばもう少しアーシエと私との糸口を見つけられるかもしれないが、ただ今は時間がない。
母への挨拶を済ますと、急いで自室へと向かった。
◇ ◇ ◇
部屋は白とピンクで統一された、女の子らしい部屋だった。
若干アーシエの趣味ではない気もしないことはない。
ふわふわとしたクッションに、たくさんのぬいぐりみたち。
ねだって買ってもらったというより、女の子だからというように飾り付けられた部屋のように感じる。
っていうか、本当にあの離宮の部屋とびっくりするほど同じね。
どうやって再現したのか聞きたいくらい。
……やっぱり怖そうだから、いいや。
部屋の一角に、ややシンプルな机と椅子が置かれていた。
これは見覚えがある気がする。
私はそれに近づくと、引き出しを開けた。
中には、未使用の便箋たちが綺麗に整頓されて入っている。
「なんとなくだけど……日記とか、書かれた手紙が入っていた気がするんだけどなぁ」
部屋を見渡しても、他になにかを隠してありそうな場所はない。
それにアーシエの体が、ココだと告げている。
「ん-」
アーシエであって、私はアーシエではない。
そのために思い出せないのか。
疑問に思ったところで、自分の中に答えはない。
「おかしいなぁ」
誰かが部屋に入って、わざわざ日記なんて持ち去ったとは考えられない。
だとすると、この部屋にあるはずなんだけど。
私は引き出しの中から、全ての便箋たちを取り出した。
そしてその中を覗き込む。
よく見ると、底板の奥に小さな穴があった。
その穴はちょうど小指ほどの穴だろうか。
私は指をかけ、そのまま底板を引き上げた。
二重底になっていた下から、数枚の手紙と日記が出て来る。
「やっぱり、あった」
手紙は封蝋から見て、三通ともにルドからのモノだ。
ひとまず手紙を避け、私は先に日記に手を付けた。
『私は誰で、なにで、どうすればいいのだろう』
日記の一ページ目から、なにやら不穏な文字が書かれていた。
パラパラとめくると日付は毎日ではなく、なにかあった日だけをかい摘んで書いているようだった。
一番古い日記は、五歳と書かれている。
しかし五歳の子が書いたにしては、あまりにも大人びた文章だ。
「んー。後から思い出して、無理やり書いてるのかな?」
日記なのに、なにか漠然とした違和感がそこにはある。
しかしそれがなにかと聞かれても、イマイチ思いつかない。
しかたなく、私は日記を読み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます