悪役令嬢の鳥籠～乙女ゲームに転生からの、ヤンデレルートなんて嫌すぎる！！～

第19話 前世への悔い

　湯船には、贅沢なくらい並々に湯が注がれており、さらに薔薇のような花びらがたくさん浮かべてあった。

　お湯が溢れるかなって思いながら、私はゆっくり足先から浸かる。

　足を入れた瞬間花たちが一斉に動き、浴室内に華やかな薔薇の香りが充満した。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あーーーーー。気持ちいい」

　自分でもおばさん臭いなって思うような声が、思わず溢れた。

　ただアーシエの体は細いのか、肩まで湯船に浸かっても溢れることはない。

　こんな風に湯船に浸かるなんて何年ぶりだろう。

　もうちょっと、ちゃんと人間らしく生きてくればよかったなって、こんな時はすごく思い知らされる。

　有給だって取ろうと思えば取れたのに、私は仕事しかしてこなかった。

　どうせ死んでしまうのなら、温泉に入ってのんびり美味しいものを食べたかったなぁ。

　きっとあの世界でも幸せを感じることが出来たはず。

　お金なんてあったって、死んだら使えないのに。

　あの時はそんなことさえ、考えられなかったのよね。

　私、何のためにあんなになってまで働いていたんだっけ。

　毎日毎日何かに追われるように、ただずっと真面目以上の社畜としてたのだろう。

　結局何も残せないまま、一人で死んでしまったんだ。

　誰か見つけてくれたかな。

　あー、会社の誰かなら出勤しないことを不審に思って、見つけてくれたかも。

「なんか馬鹿みたいな人生だったわね……。何にも残せもしなかったし、何も得られなかった」

　別にそんなに頑張ったって、誰も褒めてなんてくれないのに。

　ホント、もったいない生き方してたんだなって、今ならやっと分かる。

　むしろ孤独死なんて、迷惑しかかけてないじゃない。

　今度こそはちゃんと自分の頭で考えて、人間らしく生きないとなぁ。

「お嬢様、お湯加減はいかがですか？」

「うん。すごく気持ちいい。こーんなに、贅沢に昼間からのんびりしちゃっていいのかしらってぐらいよ」

「もちろん、いいのですよ、お嬢様」

「でもさぁ、サラは働いているじゃない」

「それは、お仕事ですからね～」

「でもなんだか、それだと不公平だわ。私ばっかりグダグダしてしまって」

「えええ。そんなことないですよ。わたしはお嬢様に仕えることが出来て幸せなのですから」

「んーーーー」

　身分っていうのもあるかもしれないけど、サラは本当によく動いてくれている。

　私は今の身分が令嬢だから、確かに仕事はないのよねー。

　ただサラを見ていると、どうしても過去の自分に被ってしまう。

　社畜だったあの頃にそっくりだ。

「あ、そうだサラ！　お風呂から上がったら、一緒にお茶しましょう」

「そ、そんな畏れ多いことです。わたしなんかが、お嬢様とお茶をするだなんて」

「わたしなんかが～じゃないわ。私がサラとお茶がしたいの。だって一人でお茶なんて味気ないもの。付き合ってくれるかしら」

　そう、やっぱり一人より二人よね。

　せっかくこの世界でまともに話せそうな人がいるんだもの。

　サラには申し訳ないかもしれないけど、聞きたいことはたくさんあるんだ。

　もしかしたらそれがきっかけで、アーシエの記憶が戻ってくるかもしれないし。

　それにしてもアーシエはどこに行ってしまったのかな。

　でもアーシエの魂みたいなものが戻ってきてしまったら、私はどうなるんだろう。消えてしまうのかな。

　消えたら今度こそ、本当の意味で死ぬのかしら。

　今の誰でもない私は、死んだら……どうなるんだろう。

　どこかに行くのかな。

　ううん。そもそも行けるのかな。

「大丈夫ですか、お嬢様」

　沈み込む私に、慌てた様子のサラが声をかけてきた。

　ああ、入浴中にいきなり黙り込んだらびっくりしちゃうわよね。

　ただでさえ、一人でお風呂に入りたいって駄々こねたのに。

「ごめん、ごめん。大丈夫よ。ちょっと考え事をしてしまっただけよ。何ともないわ」

「それならいいのです。何か、お悩み事ですか？」

「うん……。そんな感じかな。ね、だから一緒にお話しながらお茶しましょう？」

「……はい、お嬢様」

　渋々かもしれないけど、サラが了承してくれて良かった。

　楽しい時間があれば、悩む暇もないもの。

　それに悩んだところで今は答えもないわけだし。

　それなら少しでも楽しい時間を過ごさないとね。

　今の私は、美奈の時に出来なかったことをやって、人生をやり直しているようなものだから。