第23話 イケナイことを教え込む

 ルドからの返事はほどなく届いた。


 だいぶあっさりとしていたというか、嫌がられることを想定し身構えていた私には、ある意味拍子抜けしたとも言える。


 それでもルドが私のことを少しでも信じてくれたというのなら、やっぱりうれしい。


 まだ共にここで過ごすようになって数日。

 あの牢屋での出来事を考えると、劇的な変化とも言えるわね。


 ふふふ。でも少し意外ではあったんだけどね。

 ルドのことだから、散歩するのも一緒じゃないと嫌だって言いそうだったし。

 でも私のことを考えてくれたのかな。


 私はサラによって、お出かけが出来る格好に着替えさせてもらった。


 別に部屋にいるからダラダラとした部屋着というわけではなかったんだけど、それでは簡素すぎると、ちゃんとしたドレスを着せられた。


 瞳の色よりもやや薄いマリンブルーのドレスは、細やかな刺繍が裾に施されていた。


 ちゃんとしたドレスって、重いのね。

 コルセットだけは嫌だって言い張って免れたけど、それでもある意味重装備。


 こんな格好でも優雅に動き、ダンスを踊るっていうんだから貴族って尊敬するわ、本当に。


 夜会とかも、そのうちあるのかなぁ。

 ご遠慮願いたいけど、たぶん立場的には絶対に無理よねぇ。


「お嬢様、日差しが強いといけませんから、手袋と日傘も持たないとダメですよ」

「えー日傘かぁ。んー。そんなに日差し強そうもないけどなぁ」


 私は窓を見た。


 カーテン隙間から少し日が漏れているものの、重厚なカーテンはほぼ光を通しはしない。


 そのためか今の季節が分からなくなるほど、離宮の中は常にやや肌寒い。


 そんなとこに、ここ連日ずっと閉じ込められているのだ。

 外の気温なんて、分かったもんじゃないんだけど。


 ルドに抱っこで運ばれた時は、確かに夜風が少し冷たかったのよね。

 元いた世界と同じくらいの季節なら、春って感じかな。


「お嬢様は部屋にずっといらっしゃるのでそう思うだけですよ。今は一番日差しの強い時間よりは少し過ぎましたが、それでもまだ結構ありますからね」

「そっかぁ。それなら日焼けして真っ黒になっても困るわね。せっかく白い肌なのに」

「お嬢様は黒くなるというより、皮膚が弱いので赤くなってしまうと思いますよ?」

「えー、それはさすがに困るわね。痛いのは嫌だわ」


 確かにアーシエの肌は、サラが言うようにとても白いものね。

 手を見ればそこには白魚のような、苦労など何も知らなさそうな肌がある。


 家事をせずに、手入れさえしてればここまで綺麗になるものなのね。


 前の私の手とは、大違い。

 これは確かに赤くなりそうよね。


 少しめんどくさいけど日焼け止めはないから、日傘は確かに必須ね。

 こんなに白い肌に勝手にシミでも作ってしまったら大変だわ。


 あっちと違って、レーザーとかもないから消すことも難しそうだし。


「にしても、ルド様がこんなに簡単に了承してくれるとは思ってもみなかったわ」

「それはやっぱり、お嬢様たっての願いだからじゃないのですか?」

「それはそうかもしれないけど、ルド様はヤンデレなのよ」


「……お嬢様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「うん。どうしたの?」

「この前から気になっていたのですが、そのヤンデレっていうのはなんですか?」


 ああそうね。そうよね。

 レオと普通に会話出来ていたから気にするのを忘れてしまっていたけど、普通は通じないわよね。


 そう考えると普通に通じるレオって……。

 もしかしてレオも転生者だったりするのかな。


 もっとも、それだけじゃアーシエの件は辻褄が合わないけど。


「ヤンデレっていうのはね。ん-。簡単に言うと、病むほど相手のことが好きな人って感じかな」

「病むほど好きで、ヤンデレ。ああ、確かに。お嬢様は本当に物知りなのですね」

「はははははは」


 キラキラしたサラの瞳になんだか罪悪感を覚えたのは気のせいではないはず。

 私、教えちゃいけないようなことまでサラに吹き込んでいる感が半端ないのよね。


「ヤンデレ……ヤンデレ……病むほどに愛して……」

「さ、サラ?」

「あ、はい。いいですね。すごくいいです!」

「へ?」

「いいこと聞きました。お嬢様ありがとうございます」


 サラはいつも以上に満面の笑みを浮かべながら、小さな声でヤンデレと繰り返している。


 うん。絶対に教えちゃダメだったっぽい。

 やらかしたわね、私。

 あとにレオに怒られないといいなぁ。


 そんなサラを見なかったとこにして、私はそそくさと真っ白い手袋をはめた。

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