第45話 認めてしまえば

「レオはいつから……違うか……。レオも記憶があるのね」

「ありました。典型的な転生者でしたからね。ただボクの場合は死んだとこを認めたくなかったというか、信じられなかった……。だからレオナルドという人間になってからも、姉上のように振る舞うことは出来なかった」


「レオは過去が……前世が幸せだったのかな?」

「そうですね、そうかもしれません。でもここでも、不幸せだったわけではないんです。何せ姉上は、一番のボクの理解者でしたからね」


 レオはただ悲しそうに笑った。


 確かにそれならば私は一番の理解者だったわね。

 同じ転生者であり、先にここで生を受けて生きてきたのだあから。


「でもそうね……。きっとアーシエにとっても、レオが一番の理解者だったんじゃないかな」

「そうですかねぇ。それならボクも嬉しいんですがね」

「過去に生きることも、過去が美しいことも、決して悪いことではないわ。前の人格がある以上、今を受け入れられないのも分かる。記憶を持ったまま転生なんて、私たちが望んだここでもないもの」


 今だから余計に分かる。


「だけど……そうね。私にとってはレオはレオであって、誰よりも頼りになる優しい弟よ?」

「まったく、貴女という人は……」


 前髪をくしゃくしゃとしながら、レオは下を向いた。

 私は立ちあがるとレオの隣に腰かけ、そして肩を抱いた。


 過去が幸せだったら、今を受け入れられない気持ちは分かる。

 私は過去がダメすぎたから気にならないだけで、きっとレオはそうではなかったのね。


 受け入れてしまえば、認めてしまうことになるから。

 自分が死んでしまったってことを……。

 あの幸せだった場所にはもう、戻れないことを。


「記憶がなくても、貴女は変わらないのですね」

「まぁそうね。根本は同じだからじゃないのかな?」

「敵いませんね」


「そぅ? これでもダメダメすぎて、結構凹むのよ」

「どこが、ですか?」

「そうねぇ……あの方が、誰を愛してるって言ってるのかって。私はアーシエではないのに、愛してると言われれば言われるほど苦しくなって。……私はアーシエに成り代わって騙しているかもしれないのに……」


 でもそれでも本当のことを言うことが出来ない自分に、ただ胸が苦しくなるばかりだった。


「卑怯なのよ、私。ルド様のことが好きだって気づいた時から。私はアーシエじゃないのに、アーシエのフリをしてあの人の愛情を一心に集めたてたの」

「それは悪いことなのですか?」

「でもアーシエじゃないのよ」


「いいえ、貴女はアーシエですよ」

「でも記憶が、アーシエがこの中にいないのよ!」


 いないからこそ、苦しくなる。

 レオの言う通り転生者というのならば、アーシエだった私の過去はどこに消えてしまったというの?

 アーシエとして生きてきた私は、どこにいるの?


「そこなんですよ。問題は」


 レオがゆっくり顔を上げ私を見た。

 まるで魂を覗くようなその瞳に一瞬、体がビクりと震える。


「ボクはあの毒が原因ではないかと探りを入れていたんです」

「毒? 毒って……ああ、あのユイナ令嬢に盛られたかもしれないっていう、あの毒!」

「そうです。あれは初めから致死性の毒ではないと踏んでいたんです。だってそうでしょう? 本人も口にしなければいけない毒に、致死性など使うわけがない」


「確かにそうね。それにもし毒の出所が分かってしまったとして、貴族の殺害は確実に死刑になってしまう」

「そうです。だから致死性ではなく、姉上をある意味殺すための毒薬」


 死なせずに殺すってどういうことなのだろう。

 でも現実にアーシエとしての記憶がなくなってしまっているわけだし、毒を飲んだことは事実なのよね。


「推測された毒は、人格を破壊するという特殊なものだったのではないかと」

「人格? それってある意味、致死性と同じくらい危険なんじゃないの?」


 だって人格がなくなったら、記憶なんかよりもずっと大変じゃないのよ。


 自分が自分でなくなるっていうか、ほぼ廃人状態になっちゃうんじゃないのかな、そんなの。


「記憶を消すだけなら、戻る可能性もある。しかも記憶がなくなっても、殿下が構わないと言ってしまえばそれまでじゃないですか?」

「そうね……確かにルド様なら、そう言うかもしれない」


 だって病むほど愛していたんだもの。

 どうしてもルドはアーシエを手に入れたかったとしたら、記憶なんて些細なことだと思う。


 だってあとからいくらでも、記憶なんて埋めていけばいいわけだし。

 むしろ記憶がない方が、自分の思い通りにもなるわけだし。


 そう考えると記憶がなくなったって、ルドにはまったく効果なさそうね。


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