第3話 相棒の登場と、学校での一幕
翌朝、三峰とは時間をずらして登校していた菱津は、憂鬱な気分でため息をついた。これからまたしばらく、菓子の作り溜めのために三峰のものはもらえそうになく、しかも今日は進路指導室に来いとの命令を受けていたことを、思い出したからだ。
「・・・白蛇君、いる?」
歩きながらつぶやいた言葉に、いつの間にか後ろをついて歩いていた青年が肩に軽く手を置いた。ひんやりとした体温が心地よく、しれず笑みを浮かべる。
「やっぱりいたね。」
腰を超えて長い白髪に、白い瞳の、現実離れして感じるほど美しい青年は嫌そうにため息をつき、隣に並んだ。
「何の用だ、日が出ている時間は好かないと、何度言ったらわかるんだ?」
「いいじゃない、別に。朝だろうが昼だろうが、僕の近くにいてくれるんだから。だめかな?」
顔を顰めながらも、少し悲しそうにこちらを覗き込んでくる菱津に、ため息をつく。何のかんの言って、自分がこの青年に甘いことは自覚していた。
「それで?一体何の用だ。」
「そうそう。白蛇君にお願いがあってさ。今日学校をサボる口実を作りたいんだけれども・・・」
「この恩知らずが。誰がお前を、苦労して学校へ入れてやったと思っているんだ?戸籍を偽造するのも大変なんだぞ。お前が仕事を放擲するとか抜かすから、中学の卒業証明の書類まで何とかしたというのに。」
「そうだけどさ?僕は君とずっと一緒にいたいんだよ。美しくて優しい君と言葉を交わせる幸せを知っているのは、この世で多分僕一人だけなんだし。ね?」
「その口を閉じろ、学校へ行け。今日は調理実習がどこかのクラスであったはずだぞ。」
「えっ、本当!?じゃあ行く!」
白蛇君、はため息をつき、そっと黒髪に触れる。ツヤツヤした髪はいつも、手の間からこぼれ落ちていくようで、誰よりもそばにいるにも関わらず、その感じがしなかった。
「白蛇君?」
「・・・美味しいものがあったら、今度は少しくらい、私にも分けろ。」
「いいよ、君にだけ特別ね。」
上機嫌で学校の門をくぐる菱津の影へと身を潜ませつつ、少しばかり気分は良くなって、揺れる髪を楽しげに見上げるのだった。
*
昼間に進路指導室に呼び出された生徒は、男子生徒には珍しく髪が長い、ということを除けば、他はケチのつっけようがない優等生であっった。遅刻もせず、宿題も忘れず、そして居眠りもしない、そんな文句なしの生徒なのに、学業の成績は、なぜ高校に入れたのか不思議なくらいに振るわなかった。青年が模範的であるほどに、教師としては頭が痛い、という、かなり珍しいタイプの生徒であったため、呼び出した教師も、申し訳なさそうに、美しい青年に目をやった。
「この間の、模試の結果なんだけどね・・・君の成績で入られる大学、ほとんどないと思うんだ・・・」
「あ、そうなんだ。でも、大丈夫ですよ?僕は多分、大学には行かないから。・・・まさか、退学になったりしないよね?」
敬語が苦手なこの生徒は、しかし態度だけは従順かつおとなしく、少し困ったような表情さえもどこか愛嬌があって憎めない。そんな青年に一瞬見惚れてしまった後、軽く咳払いをして、ペンを握りしめる。
「ただね、中間テストでまた赤点を取ると、追試になるからね、頑張るんだよ。」
「はい、先生。」
慇懃にお辞儀をして去っていく生徒を見送り、ため息をつく。正直、どんな教育を受けてきたらこうなるんだと言いたくなるほど、漢字もひらがなも、時として採点に苦慮するほどの旧仮名遣いで、唯一割と高得点の古文など、たまにそのまま古文で解釈が提出されることもあるという。
「バカなのかある種の天才なのか、はっきりしてくれんかね・・・」
というのが、正直な感想なのだった。
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