第32話 その果てに
自分の名を呼ぶ声で目が覚めると、細い裏路地から空が見え、そして、こちらを覗き込む、優しい鳶色の瞳が見えたが、その視界が微かに欠けている。
「恭弥、僕は・・・」
「2ヶ月近く、行方不明だったんだよ。どこを探しても、見当たらなくて。もしかしたらこの辺りなんじゃないかって、何度もここへ・・・」
起き上がり、思い切り抱きしめると、柔らかくて暖かく、甘い香りがした。
「ありがとう、恭弥。でも、無理はしないで。」
「無理なものか。・・・あのおはぎまで心配していたんだぞ。本当に、なんともないか?」
心配そうに覗き込み、そっと頬に手を添えた。
「あれ、その目、どうした?」
「やっぱりへん?」
「ああ、虹彩が真っ白になっている。見えているのか?」
嫉妬深かった相棒を思い、ふっと笑った。短い生の果て、決して逃れることのできない道の果てに、彼が待っている。
「全く、もう少し粘ればよかったかな。趣味が悪いんだから。」
立ち上がり、暮れていく太陽を見つめた。最愛の人と生きて行けるのなら、短くても構わない。ずっと生きていても得られないものを、これからは二人と探していけたらいい。
そう思って振り向けば、怒りを目にはらんだ吸血鬼がいて、早速命の危機を感じたのだが。
――終
誘惑 文鎮猫 @kuro-kuro-shiro
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