第30話 雪の日に

明日のことを楽しみにしながら横になり、目を閉じる菱津で暖をとりながら、白蛇はこの千年間を思い起こしていた。

白蛇の記憶にある、出会った頃の菱津は、ひどく憔悴し、死にたいとも、生きたいとも言えないような状態だった。美しく、勇猛だったはずの若き戦士は、心も体も徹底的に壊され、生きることをのぞいて、何も残されていないようだった。早く死なせてやらなければならない、そう思うのに、本人はただ無気力で、巡る季節を気に留めることもなく、人を避け、咲く花も枯れる草木も等しく心を動かさず、安穏とした生の中で、静かに腐り始めていた。


そんな状況が変わったのは、黒い魔物を介し、子孫繁栄と不老不死を願った父親を、始末しに行った時のことだった。その頃の菱津は、壊すことも治すことも、なんの躊躇いもなく、その背景を知ろうともしなかったために、彼自身が刀で殺した例もかなりあった。その時も、単純に、哀れな男を殺すか、もしくはその体に宿ったものを始末すれば、問題は解決だったのだ。


「雪が降っていたな、あの時は。」

「どうしたの?まだ寝ていなかったんだ。」


眠ることのない菱津は、体温のない白蛇に寄り添いながら、穏やかに微笑んだ。


「吸血鬼君と会った時のこと?」

「ああ。・・・お前が初めて、刀を止めた。」

「そうだったね・・・・・」


男を殺そうとして抜いた刃は、そのまま何も切ることはなく、手の中で凍りついたかのように動かなかった。目の前には、先ほどまでここにいたはずの、見窄らしい男に代わり、雪の中でも輝く銀髪と、涙を溜めた赤い瞳の美しい少年が、ひどく怯えた表情で、そこにいたから。


「君には、早く殺せと言われたね。それが正す道だからと。僕もそれが正しいと思った。・・・だけどあの子は、僕が何もしないうちから、苦しみ出して、血を吐いたんだ。」

「初めての吸血衝動では、ある症状らしいな。」

「これから殺そうとしていたはずなのに、動揺してしまって。飛びかかってきたのを、交わせなかった。」


小さいからと、油断もあったのかもしれない。だが、体を押さえつけられ、首に牙が突き立てられた時、確かに死を目前に見ていたのに、突き飛ばそうとはしなかった。


 その時のことを思い出して楽しそうにしている菱津を横目に、白蛇は暖かな体温の中で体を丸めた。

(あれから確かに、生きることを心から望むようになった。側から見ても明らかなくらい、吸血鬼に入れ上ていたからな。)

うまくもない笛を吹き、花を贈り、着物をあつらえ、できることはなんでもしていた。うまくいっても行かなくても、楽しそうだった。


それでも、ふとした瞬間に、菱津は自分を見る。疲れた、もう自由になりたい、十分に生きたと、菱津が口にも出さず、意識にも思っていなくても、伝わってくることがあった。

(生への執着は、本当に今でもあるのだろうか。)

菱津の魂は、魔物による度重なる階渡りによりかなり消耗しているはずだ。その上、あまりにも長く不死身でいたせいで、おそらく現代の平均寿命を与えたとしても、きっと長生きはできない。ちょっとした弾みで大怪我をして、治ることなく死ぬ、そんな姿が、目に浮かぶようだった。


(それでも、終わりを望めるのか。むしろ終わりを望み、もう生きることを望まないか。)

疲れたのなら、終わらせてやるのもやぶさかではなかった。菱津が望むように、痛くも苦しくもない、眠るような死を与えてやることも、造作もない。だからこそ、試さなければならない・・・最後の部品、小指を持っているのは、自分なのだから。

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