第24話 地下15階

目が覚めると、長い黒髪がサラサラと目の前で揺れていた。そっと触れてみると、菱津は楽しそうに振り返った。


「おはよう、恭弥君。今朝は何を作ってくれるの?」

「ワッフルのメープルシロップがけと、コーンフレークでどうだ?」

「いいね!浸せるくらいいっぱいかけてね?噛んだ時にジュワッと出てくるくらいがちょうどいいから!」

「はいはい。」

本当に好きだな、と思って扉を開けると、放置していたことがお気に召さなかったらしい黒猫が、不満そうに鳴いていた。


「ごめんって。君のご飯もだね。」

「ナァゴ」

「後でちゃんとかまってあげるから、機嫌直し・・・て」

不満そうな顔が二つに増え、呆気に取られた後、思い切り笑った。

「猫と張り合うなよ。それに君は、魚味には興味ないだろ?」

「君が作るなら食べるよ!」

「フーッ」

「う、また威嚇された!!」

「おはぎ、大人気ないぞ。」

「にゃっ!」

自慢げに髭を持ち上げる猫に歯噛みしながら、少しは甘味以外も食べる努力をしようと思うのだった。



気分も良く、白蛇を伴って地下15階の世界に来てみると、そこは大変なことになっていた。


「元は砂ばかりだったんだよ。信じられないだろうけどね。」

地下から出てきた瞬間に水に攫われた二人は、流されながらもなんとか浮上した時、ちょうど通りかかった、円形の不思議なものに乗った老人に助けられた。鋼色の乗り物はどこにでも座れそうな逸品であったが、菱津と白蛇はすすめられた場所に腰を下ろした。


「この乗り物は、どうやって動いてるの?」

球体内部にも、外部にも、腰掛けられるような出っ張りはあったが、他の設備は見られず、そう質問した。

「え?・・・意思によって、としか言えないねえ。」


二人を助け出した老人は、外見こそしわくちゃで日に焼け、耳は鋭く尖っていたが、どこか青年のような雰囲気があった。彼はパイプのようなものを口に咥えていて、その穴からはシャボン玉のような透明なものが、完璧な球体になって空気中を漂う。それを辿り上を見上げると、晴天の中にところどころ水溜りのようなものが見えて、その真下に来ると、一行の姿を映していた。


「ああ、ほら。そこに島が見えるだろう。人工島だが、依頼主とやらもそこにいるだろう。」

波止場のような場所に着いて別れ、陸地に足を踏み入れた。

「あ、これ浮島か。」

歩くと少し情ゲスつような感覚があってそれを楽しんでいると、カタカタと地面になっているタイルが回転するような音とともに、誰かの声が聞こえてきた。

「お分かりですかな。確かにここは浮島ですな。して、あなたが菱津殿ですな。」

現れたのは、片眼鏡に黒々とした髭を蓄え、白く派手な、ピエロのような襟巻きをして、赤いスーツを着込んだ男だった。


「依頼主は。」

「すぐにご案内いたしよう。」


菱津が近づくと、タイルのようなものが次々と周囲のものと入れ替わり、三人を誘導していた。周りの建物は皆白く、人影はなかったが、寂しげと言うよりは、全く現実感がなかった。


「しかし、これには流石にまいりましてな。全て石造りなのでおそらく水さえ引けば元の住処に戻れるでしょうが。」

その時ちょうど止まったところで足を踏み出すと、周囲と同じ白い門扉と白い屋敷があって、こちらに向かって歩いて来る耳の長い若者が見えた。


「ようこそ、菱津様。どうぞお入りなさい。」

開いた門の中は、外からは分からなかったが銀色の木々が茂っており、葉からは盛んに雨を降らせている。

「全く、変わってしまいましたよ。どうしたものかというほどに。」

中に入ると、逆さまについているとしか思えない階段があり、壁には金や赤の魚が泳いでいる。

「そちらにお座りください。」

凹みになっているところに恐る恐る腰を下ろすと、ちょうどいい高さまで膨らみ、止まった。

「それで、依頼、というのは。」

「この水を、なんとかしていただきたい。植物もですよ。これは多次元から持ち込まれたものらしいですから、どうにか元に戻していただきたい。」

「ちなみに、どのように?」

「この物体が現れるのと同時に、水が流れ込んでこうなったのです。何かの参考にしていただければ。」

と、上から落ちて来たのは小さな箱で、断りを入れたあとその中を見て、息を呑んだ。

「薬指。」

「それは差し上げますから、どうぞよろしくお願いします。」

菱津は流石にどうすればいいのかわからず、途方にくれた。

(水を抜くって。つまり向こうで不当に水がなくなっているってこと?)


その時ふと、蜘蛛の巣から拝借していた露のことを思い出した。うまく行くかはわからなかったが、試してみる価値はあるように思われた。

「では、報酬は甘い砂糖菓子で。」

「かしこまりました。」

それから菱津は外へ出ると、懐に持っていた推奨のように硬い露を取り出した。その表面が、微かに揺れている。


「なんとかなりそうか?」

「多分。・・・蜘蛛の糸にかけてみようか。」

「不安になることを言うな。」

「大丈夫大丈夫。あの蜘蛛さんの糸なら、頑丈で切れなさそうだし。・・・手は切れそうだけど、」

今回は白蛇が無理をして新たな扉を作り上げ、散々に文句を言われながらも、二人はまた元の世界に戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る