第25話 夏の日

白蛇による、強引な時空操作によって酔ってしまった菱津は、とりあえず外に出ることにした。散歩方々、夏の苛烈な日差しの中日陰を選び公園にたどり着くと、ぐったりとしてベンチに座った。


(いつの間にこんなに暑くなったんだろう・・・)


蝉の声の忙しなさにうんざりしながら汗をぬぐい、帰りたくても動くことすら面倒になり始めた。


「あれ、菱津?」


聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げると、三峰が驚いた顔をしてこちらを見つめている。


(そうだ・・・今日学校だったっけ。)


もう行かなくても良いかと思いながらも、多分、依頼がなくなったら以前よりちゃんと通うことになる気もしたし、昼間しか会うことのない恭弥との時間を無駄にはできないとも思う。それゆえに、今日も白蛇に頼んで、体調不良、ということにしてあったはずである。


「一応、マシュマロ持ってきてるけど?」

「え、ほんと?食べる!」


口の中が暑苦しいことになりそうだな、と思いつつも、そもそも食べたことがないだろう恭弥にそこまでの気遣いは求めておらず、ちょっとおかしくなりながら、カップに入ったものを受け取った。


「君は、いつもお菓子を持ち歩いているの?」

「いや・・・その、もし君に会った時、何もなかったらがっかりするかなって。」

「そこまで気にしなくて良いのに。勿論、嬉しいけどね。」


そうしてピックに刺して食べながら、自然と、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「そんなにうまいか?」

「うん・・・バニラビーンズも入っているよね、これ。甘くて、柔らかくて、香りもいい。あ、下の方はチョコレートが掛けてある。」


逆だったら残念になるんだけど、と、愛おしそうに眺め回している。

「あんまり見ていると、垂れるよ。」

「・・・本当は君と食べてみたいんだけど、流石に無理だよね。」

案の定指までシロップが流れていったが、特に気にするでもなく口に運び、ついでとばかりに指も口に含もうとするので、そっと握って止めた。


「行儀が悪いよ。洗ってくればいい。」

「だって、もったいないじゃん。君がせっかく作ってくれたんだから。」

「・・・・・」


しばらく手を掴んだまま逡巡した後で、ちろりと、付いていたチョコレートをなめとった。

「甘い。」

「ちょ、ちょ、ちょっと!?な、何してるの?」

「固体でさえなければ食べられるんだよ。」

「そうじゃなくて!も、もう!ちゃんと洗ってくるよ!」


白い肌を真っ赤に染め、慌てて走っていくのを見送り、自分も顔を覆った。

(可愛い・・・あれで、一千年も生きているなんて、嘘だろ。)

おじいちゃん、でも足りないくらいの長生き、と思ってから、ふと、たまに見かける長寿のおじいちゃんを思い出し、少し唸った。

(いや・・・案外そんなものか。)


「恭弥君?なんかすごく変なことを考えていない?」

「・・・いや、なんだ、君がもし不老じゃなくて、しわしわのおじいちゃんになっていたとしても、可愛いだろうなと。」

「なっ、なんで!?どうしよう若者の思考がわからない。ついにボケたかな?」

「・・・習ったことをすぐに忘れる、食べたことを忘れる、これで人の名前が出てこなくなったら心配した方がいいかもね。」

「それはギリギリ問題ない!・・・じゃなくてさ。君本当に僕のこと好きなの?」

「もちろん。他には絶対にいない人だから。」

「・・・反論の余地が全くないね。」

顔を見合わせて笑いながら、手を握った。わずかしかないかもしれない時間が、ただ、楽しくて、幸せだった。


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