第5話 両親
一応、とお湯を沸かして待っていたらしい菱津は三峰を出迎えると、彼が持っている紙袋の大きさに、嬉しそうに目を細めた。
「ご苦労様、遠かったでしょう。」
制服から、紺地の、普段着にしている着物に着替えている自分に、しばし見惚れたらしい青年に笑いかけながら、畳の上に置かれた卓袱台の前に導き、座布団をすすめる。
「悪いとは思うんだけど、今日はこの後、一応用事もあってさ。」
「大丈夫、いい運動になるしね。」
そう言って箱を開け、並べていくのを具に見つめた。今日は和菓子がメインで、練り切りや琥珀、金平糖、落雁、それに小さめの饅頭や団子などが、色味まで工夫されて詰められている。
「わあ!僕の好物ばっかり!!三峰は和菓子も作れたんだ!!」
「こら、まだ手は出さないで。お茶淹れるから。」
本当は苦いお茶など興味はなかったが、わざわざ茶葉まで用意してきた男の気を悪くしたくもなく、用意するのを辛抱強く待った。
「ああ、もう!いつものことながら焦ったいね!いいよ、沸騰したてのお湯で入れても美味しいから!」
「まあまあ、ちゃんと入れたほうが美味しいし、甘いものだけだと、舌が飽きるだろ?」
「それは修行が足りないんだよ。甘味に飽きたなら、さらなる甘味を食べて口直しするようになって、一人前なんだよ?」
「なんの一人前だよ・・・ほら、入ったぞ。」
ゆっくりと、丁寧に淹れた茶を出すと、仕方なさそうに一度茶を口にした後で、目の色を変えて小さな落雁を摘んだ。季節には合わない柄だったがそんなこともどうでもよくて、口に含む。
「初めて作ったんだけど、どう?」
「最高だ・・・」
噛むたびに、砂糖が口に入っていることを自覚できるのと同時に、独特のいい匂いが鼻にぬけ、粉っぽいながら、いい噛みごたえのそれが、あっという間に舌に溶けていく。一応細工も見つつ、それでも焦るようにして、パクパクと落雁が消えていく。
ひとしきり満足すると、次には、菊の細工がされた練り切りに手を伸ばした。
「この国が生み出した、最高の菓子だと思うよ。」
「芸術的に、というよりは、君の場合は甘さ的に、なのかな。」
ぼやく男を放って、それでも繊細な細工を極力崩さないよう細心の注意を払い、黒文字で切りながら、口に含む。
(この幸せがわからないなんて、本当に気の毒なやつ。半分は僕のせいだけど、もう半分・・・4分の1?5の3?6分の・・・まあいいや。とにかく結構な割合で吸血鬼君のせいでもあるかな。あー、本当にもったいない。)
本気でそんな、若干ふざけたことを考えている青年を、真向かいで見ていた青年もまた、彼と共にこうして過ごす時間があることの幸運を噛み締めている。飲み物以外口にできない不便さを、昔は嘆きも怒りもしたものだが、こうして、自分が趣味、というよりもはや道楽で作ったものを、嬉しそうに食べてくれる人がいることに、幸福を感じていた。
「あ、そろそろおいとまさせてもらうよ。確か、親がうるさいんだったよね。」
「そうか、もうそんな時間か・・・じゃあ、これは明日か明後日、君の家に返しにい行くよ。」
「助かる。」
元来た道を去っていく男を見送り、そろそろ彼が現れるかと菓子は大切に箱の中に入れ、風呂敷で包んでおく。それを押入れの中に入れようとして、手を止め、またはこを取り出した。
「父さん・・・母さんも。ごめんね。でも、もう少し、我慢していて。」
ひんやりとした押入れの中に、ひとつまみずつ、美しい落雁をおき、静かに戸を閉めた。
*
彼の親は、1000年ほど前にすでに他界していたが、その存在が故に、彼は死ぬことはなく、そしてそれゆえに、仕事はしなければならなかった。その見返りには、白蛇から生活の補助や、両親の体の一部の在処に関する情報という形で、報酬を受け取っている。
菱津はそんな、仕事の上では上司と言っていい相棒が、慌ててこちらに向かってきている気配を感じ、嬉しそうに微笑んだ。
「今日はいつもより早いじゃん、白蛇君。今回は道に迷わなかったんだ?」
輝くばかりに美しい青年を抱きしめ、どこか作り物めいた、冷たい美貌を見つめる。
「ああ、綺麗。全く、仕事帰りにいつも通る道なのに、全然覚えてない君が、本当に可愛い。」
「・・・・・・あの道順を完璧に記憶していることの方が恐ろしい。」
白蛇君は自分より少し背の低い菱津の頭を撫でていやりながら、ため息をついた。
「全く、無闇に外部の人間をここに入れるなと言っているのに、なぜ学習しない。こは特殊な空間で・・・」
「それでも、僕にとってはとってもとっても大事な、甘味の使いなの。」
「何が大事なものか。たまには少しくらいよこせ。」
「だーめ。あれは三峰が僕のために作ってくれたんだから。食べたければ、本人の許可を取ってよね。」
と、じっと白蛇を見ていた菱津は、すっと目を細めた。
「あれ?また綺麗になってない?白蛇くん。」
「ことあるごとに口説こうとするな。」
「あはは、だって綺麗な人は素直に褒めたいからね。・・・それで?また仕事が入ったんでしょ。聞かせてよ。」
いつものことながら、少し楽しそうに見える青年に、顔を曇らせる。渋々仕事内容を聞かせながら、この青年はなぜこうも長い年月、楽しそうでいられるのかと不思議に思うのだった。
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