第4話 住処への道のり

この日最後の授業が終わりに近づいた時、三峰はあくびをしながら、早く時計の針が鐘を鳴らさないかと待っていたのだが、ふと窓際に目をやると、イタズラっぽい顔をした青年と目があった。進路指導室へ呼ばれていたという話は耳にしたが、本人はそんなことはもう忘れたのだろうと、すぐに見てわかるほど、憂のかけらも感じられない。


(嘘だろ・・・いろいろと。あいつ、本当に成績悪いからな。しかも何か、あの顔は、俺が作り溜めた菓子が、まだあると踏んでいるな。あれだけ食べておいて・・・いつものことながら、それで体は大丈夫なのか?)


体のほとんどが菓子でできていると言われても信じるな、と思いつつ、こっそり学校を抜けて作ってきた菓子類を思い浮かべる。

(あれだけだと絶対足りないな。・・・仕方ない、あれを出そうか。)

そんなふうに考えていた時、青年がこちらに意識を向けたまま、肘をつくのが見えた。

(今日は菱津の家に、か。あそこに行くの、面倒なんだけどね・・・)

それでも、彼が喜ぶなら、別に構わないかと思う。固形物を噛めず飲み込めない自分では、美味しく食べられない菓子を、幸せそうに食べてくれる人がいることは、何とも言えず、嬉しかったから。


 この日も三峰はいそいそと帰り支度を済ませると、誰よりも早く教室を出て、ひとまず屋敷へ戻った。そうして前から少しずつ溜めてあったものを五つの箱におさめると目立ちすぎないように紙袋に入れ、またすぐに出直した。


なぜかはわからないが、彼に会うのには急がなければならない気がして、紙袋を抱え直すと、菱津の家へ向かうのだった。



青年の家へ行き着くのには、いつも難儀した。


学校前まで戻ったあと、そのまま直進して十字路の信号を左に曲がり、右手に寺と墓場があることを確認したあと、左を向き、横断歩道を渡る。その手前にある信号を使ってはならない。


そのまま、ジメジメとした細い裏路地のような道をしばらく歩き、昼間でもついたままの、切れかけの蛍光灯の手前にある、ビルとビルの間の細い階段を一段飛ばしで登り、五つ数えた時右手にある扉から、古びた建物の中へ入る。


そこからがまた大変かつ複雑で、建物の中を直進し、突き当たりの扉まで行ったあと振り返って、そこから2番目の扉を開き、再び姿を現す階段を正確に二十段分下がる。と言っても、もっと先まで続く階段の途中に、ガイドラインも踊り場もなく、気をつけていないとそこにある「地下二階出口」という古ぼけた字を見逃してしまう。


鉄製の扉を開けたあと、振り返って扉が閉まっていることを確認し、足元に書かれた白い矢印を辿って右へ左へ、また一度後ろへ引き返すような指示があり、かと思えば階段になっている道を歩かされるが、その間中矢印から目を離すことはできない。一度矢印を見失えば、無限に続くかのようなこの空間から抜け出す糸口がなくなりかねないからだ。


 そんな果てしない歩みの後、ようやく光が矢印を飲み込み、顔を上げれば蛍光灯が目の前につる下がっていて、そのさらに奥には自分の全身を写している大鏡が見える。三峰は蛍光灯の周りを一周した後鏡に向かって一礼し、歩みを進めて今度は蛍光灯に一礼する。その後右手の階段を上にあがり、見えてくるのが「菱津」の標識である。

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