第28話 砂の世界

再び地下15階を訪ねた菱津と白蛇は、砂の中から出てくる形になった。空には相変わらずまだらに水溜まりが見えていたが、土星のような惑星が眩い光を放ち、砂を焼いている。


「綺麗だねえ、白蛇君。」

砂漠といっても、そこは赤や黄や緑と様々な色の砂が混ざり合い、ところどころで熱せられた砂が中に舞い上がり、虹のような現象を引き起こしているのも見えた。


「ああ、菱津殿、お待ちしておりました。」

しばらく遊んでいた菱津は、目の前に現れた紳士と以前の依頼主とを関連付けるのに時間を要した。

けったいな様相だった彼は、今は砂色のローブをかぶっていて、豊かな髪を地につくほど伸ばしていたからだった。


「それにしても、美しい場所ですね。」

「そう思ってくださるなら、ぜひ我らの家をご覧ください。」

男はひざまづき、砂を両手いっぱいに満たすと、それを宙に向かって霧散させる。男の手によって散らばった色とりどりの砂は空中に消えることなく水のように落下して、その勢いのまま一直線に砂の上を割いていく。


「砂は我々の祖先で、命の源なのです。それを取り戻してくださった方に、小さなもの一つでは、少々後味が悪いので。」


砂の線をたどりながら、依頼主はこの砂のほとんどが死んだ生き物達の死骸なのだと説明する。

「皆、仲がいいのですよ。あなたが来たので、便宜上「人」という言葉を使わせていただきますが、本当のところ私共には、生きているものの間に上下もなければ区別もありません。皆共通の思考を持ち、共に生活してる。ですから、こうして死んだ後に生きるもののための道導となったり、家となったりすることが、喜びであることもあるのですよ。」

そういって指し示された家は、砂で作られているとは思えない、水晶の宮殿のようだった。その周りには菱津を好奇の目で見つめる、小型の恐竜のような生き物や、ドードーにツノが生えたようなもの、それから人の腰ほどまでしかない小人や妖精のような尖った耳のものもいた。


「皆、この家に住んでいます。水上の都市はそこそこ快適でしたが、なんとなく疎遠で、面白くなくて。」

菱津はダイヤモンドのような輝きを放つ家を見、それから依頼主を見た。

「素晴らしいものを見せてくれて、ありがとう。」

「もしよろしければ、生き物の死体で作らせたクリスタルがありますが、それと菓子を報酬としてはでいかがでしょうか。」

「欲張りすぎじゃないかな。」

「そんなことないよ!おじいちゃん、僕たちの家を取り戻してくれたんだから。」

そんなことを菱津に向かって言ったのは、何百年も生きてきたとしか思えないほどシワの寄った人であったが、その時になってようやく、若者と年寄りが逆転していることに気づいた。

「そういうことです。遠慮はいりませんよ。死後に幸あれ。」

そうして、結晶と、そして小さな包みを手渡され、菱津は礼を言いいつつ、この世界を後にした。



家に着くと、まず真っ先に、襖を開け、小箱に入ったままだった小指を、母親へと帰した。

「ごめんなさい、遅くなってしまって・・・そうだ。どういう効果があるのかわからないけど、これを二人に。綺麗だからね。」


水晶でできたような見事な逸品を二人の上に置き、手を合わせた。


「もう、長くは待たせないから。・・・だから、どうか許して。」


襖を閉め、息をつくと、白く美しい青年が、物言いたげにじっとこちらを見つめている。

「どうしたの?」

「いや・・・なんでもない。それより、食べないのか。」

「食べますとも。」

と、菱津は自分のための報酬の包みを開いた。


「おお、想像はしていたけど、やっぱり砂っぽいやつだ。」

透明な砂を固めたよな、ざらざらしたものを口に含んでみると、落雁のような舌触りと甘い土のようなパサパサした素朴な味わいだったが、思い切り噛んでみると、ゴムを噛むような感覚と同時に、キャラメルソースのようなものが出てきて、乾いた口の中を若干潤した。

「・・・・・まずい、とは言わないけど、ちょっと惜しいな。」

「どこのものとも口が合うほうが。」

「あれ、ダジャレ?」

「違う!」

白蛇が機嫌悪そうに顔を背けてしまうので、なんとか機嫌を取り結びながら、楽しそうに笑った。

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