第4話 真紅の帝姫ルーシィ


 第五皇女ルーシィ。「真紅の皇女」、あるいは帝国特有の称号、帝姫とあわせて「真紅の帝姫」と呼ばれる少女だ。


 齢16歳にして、天才的な魔法の才能を示し、魔法学校でも首席。

 赤髪に赤目の神秘的で可憐な容姿とあいまって、国民からの人気はとても高い。

 

 そして、それはゲームのユーザーも同じで、サブキャラなのに人気投票をすると三位に食い込んでくる。


 腐敗した帝国のなかで数少ない良心であり、強い信念の持ち主として主人公たちの味方になってくれる。

 馬車に轢かれそうな幼児があれば身を挺して助けるし、主人公の仲間が投獄されたときも密かに逃してくれる。


 そんな彼女はなぜかヒロインの一人ではなく、どうやっても攻略できない。


 それどころか、すべてのルートで悲惨な末路を遂げる。

 敵対する帝姫から毒殺されたり、革命派によって暗殺されたり……。宰相に薬漬けにされて死亡することもあるし、あるいは帝国が打倒されれば捕虜として暴行を受けて殺害される。


 自業自得のクラウスとは違って、理不尽な結末だといえる。

 俺もこの点には不満を持っていた。


 というより、俺はこのルーシィというキャラを一番気に入っていたのだ。俺は赤髪キャラ大好きな上に、ちょっとツンデレなところもたまらない。

 ルーシィを助けてルーシィと幸せになる裏ルートはないものか……。


「何をぼうっとしているの、クラウス」


 ルーシィに言われ、俺は慌てて考え事を中断した。

 目の前のルーシィ帝姫殿下は俺をジト目で見た。


 真紅の瞳がルビーのように輝く。

 服装は皇族らしいドレスではなく、魔法学校の制服であるブレザーだったが、美少女JKという雰囲気でとても可愛らしい。


 すらりとした背をしていて、スタイルも抜群だ。


 長い赤色の髪が窓からの風にたなびく。

 今、俺たちは帝立魔法学校、その生徒会室にいた。呼び出されたのだ。


 ルーシィは魔法学校の生徒でもあり、生徒会副会長を務めている。そのルーシィとテーブルを挟んで向かい合わせに腰掛けている。


 うん。本物のルーシィ殿下だ。


 さすが実物も可愛いな……。

 あとは彼女が俺を敵視しているというシチュエーションでなければ、最高なのだけれど。


 ルーシィはパチンと指を鳴らすと、お付きの侍女たち(彼女たちも学校の生徒だ)がその場を離れた。


「少し二人きりで話した方が良さそうね。あなたも――」


「部下は下がらせますよ」


 俺の部下たちも席を外させた。

 これで一対一だ。


 ルーシィはため息をついた。


「どういうつもり?」


「何のことでしょう?」


「私の学校にスパイを送り込んでいるんでしょう? 勝手なことをしないで」


「必要なことですよ。帝国を守るためには」


「それで、私の友人にも拷問をしているわけ?」


「何のことでしょう?」


「とぼけないで。エリザ・アルトマンと連絡が取れないの。官房第三部が捕まえたんでしょう?」


「心当たりがありませんね」


 実際、魔法学校に官房第三部のスパイがいるのは事実。教授や講師のなかにも混じっているし、生徒にも息のかかった人間がいる。


 魔法学校には自由革命党のシンパが多いのだ。

 エリザ・アルトマンもそうした自由革命党の党員の一人だった。


 だから、官房第三部に秘密裏に身柄を確保された。

 それがルーシィの友人である。


「エリザをこちらに引き渡しなさい」


「友人は選んだほうがよろしいですよ、殿下」


 これは心からの忠告だった。エリザ・アルトマンという少女はルーシィを破滅させかねない。

 原作ゲームにおいて、ルーシィはエリザに裏切られ、反帝政派に捕まり、拷問されて死亡することもある。

 あるいはエリザをかばおうとして、官房第三部に目をつけられ、ルーシィ自身が抹殺されることもあるのだ。


 それを実行したのはもちろん、このクラウスだ。

 その意味ではルーシィは無邪気であるとすらいえる。クラウスはルーシィに手出しはしないと思っているのだろうし、最低限の信頼はあるということだ。


 だが、実際には原作のクラウスはルーシィはもちろん、必要なら皇帝でも暗殺しかねないやばい人間だ。


 だが、ルーシィは顔を真っ赤にして怒った。


「馬鹿にしないで! 私だって人を見る目ぐらいあるわ。エリザはほんとに良い子なんだから」


 ルーシィはエリザを信じ切っている。

 このルーシィの甘さは良いところでもあるのだが、このままだとクラウス同様、ルーシィも破滅するだろう。


 できればこのお姫様も助けたい。

 なにか良い方法はないものか。


 ルーシィは紅茶をカップに注ぎ、口をつける。

 そして、俺にも勧めた。


「あなたはいつまで人殺しを続けるつもり?」


 官房第三部の処刑行為のことを言っているのだろう。

 元のクラウスなら「帝国が必要とするかぎり」と答えていたと思う。


 だが、本当なら俺も辞めたいのだ。ただし、急に辞任することはできない。

 なにか口実がなければ怪しまれる。


「昔のあなたは、優しかったのに」


 ルーシィがつぶやき、そして少し顔を赤くする。


 ルーシィとクラウスは昔からの知り合いなのか? 転生前のクラウスの記憶は断片的であり、全部が思い出せるわけではなさそうで、はっきりしない。

 皇女と上級貴族だからそういうことがあってもおかしくないが……。


 なら、この皇女の存在は破滅回避の糸口にならないだろうか――?


 そのときだった。

 廊下から爆風が巻き起こったのは。


「な、なに!?」


 ルーシィが立ち上がろうとする。

 その彼女を抱きすくめると、俺はそのまま押し倒した。


「へ!? な、なにしてるわけ!?」


「伏せていてください」


 もう一度激しい爆発が起き、部屋の窓ガラスがすべて割れる。

 床に倒れ伏すルーシィの吐息がくすぐったい。彼女を見ると、ドキドキした表情で頬を赤らめている。


「た、助けてくれてありがと……」


「礼を言うのはまだ早いですよ」


 これはおそらくテロ行為であり、その標的は……。

 ルーシィ殿下だからだ。

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