第8話 クラウス先生
俺はその翌週から、官房第三部を離れ、魔法学校へと異動になった。
といっても、表向きだけで実際は官房第三部にも籍はあるのだが。
完全に秘密警察の官房第三部を離れるには、クラウスは手を汚しすぎている。自分の身を守るためには、ある程度官房第三部と協力するのも仕方ない。
腹心の部下に部長職は任せ、秘書のレオナのみ魔法学校に連れて行く。
魔法学校赴任が異例の早さで行われたのは、官房第三部が魔法学校を監視する必要を以前から感じていたからだ。
魔法学校の内部は反帝政派とのつながりも強い。現実世界でも大学は歴史的に反体制運動の拠点となってきた。いつの時代、どんな場所でも若者は過激な思想に染まりやすいのだ。
だから、クラウスが魔法学校の教授になるのは政府のメリットにもなる。
ついでにこないだのような魔法学校襲撃事件を防ぐ意味合いもある。
さて、帝立魔法学校。ゲームの主要な舞台の一つだ。
主人公エドウィン・シュミットは15歳で魔法学校に入学する。姉クリスタを殺し、幼馴染のエミリアをさらった帝国政府に復讐するために。
そこでエドウィンはメインヒロインの公爵令嬢アーデルハイト・フォン・ホーエンハイムたち多くの人と出会い成長していく。
ついでに女子生徒たちを攻略していく……のだが。
そこで出会う生徒会長ルーシィ殿下もみんなヒロインだと思ったはずだ。なにせルーシィは他のキャラよりも遥かにデザインも性格も凝っている。
なのに、攻略できないどころか死んでしまうなんてあんまりだ。
閑話休題。
ともかくゲームのシナリオはまだ始まっていない。
俺の教授室にルーシィ殿下がわざわざやってきてくれた。
赤い髪の毛先を指先でいじりながら、ちょっと緊張した様子で部屋の扉を開ける。
「よくお越しくださいましたね、殿下」
「べ、べつに来たくて来たわけじゃないわ。クラウスが変なことしないか監視しに来ただけ」
そういってルーシィは顔を赤くする。
うん。可愛い。言葉とは裏腹に、ルーシィはクラウスにそれほど悪意を持っていなさそうだ。
前回のテロのときに助けたからかもしれない。もっともルーシィの友人のエリザが行方不明なのは未解決だから、警戒されているようだけれど。
俺は微笑んだ。
「変なことなんてしませんよ。どんなことを想像しているんですか?」
「学校の女の子たちに手を出したりとか……しないでしょうね? 二人きりで変なことをするとか、ダメなんだからね?」
そういえば、すでにヒロインの一部は一年生や二年生として魔法学校に在籍しているはずだ。
彼女たちに会ってみるのは手だが、手を出そうなんて思いもしない。
下手なことをして破滅が近づいても困るからだ。
とはいえ、俺はちょっとルーシィ殿下をからかってみることにした。
「今も私は女子生徒と二人きりなわけですが」
「え?」
「ルーシィ殿下も学校では女子生徒でしょう? しかも学校一の美少女だと評判だそうじゃないですか」
「べ、べつに私は……そ、そんなつもりなくて。学校一の美少女なんて、みんなが呼んでいるだけだし……」
「客観的にも妥当な評価では?」
「クラウスも私のこと、可愛いと思う?」
突然、ルーシィ殿下が上目遣いで問いかける。俺はうなずいた。
「もちろん。可愛らしい皇女様だと思いますよ」
「子ども扱いしていないかしら?」
ルーシィがぷくっと頬ふくらませる。
「私から見たら殿下は子どもですよ」
「私は立派な大人のレディよ! 昔と違ってクラウスに子ども扱いされたくないんだから」
「昔と違って?」
ルーシィははっとした様子で口を手で押さえる。やっぱり、クラウスの記憶にはないが、この二人はなにかしらの縁があったらしい。
だが、それを今問いただしても、答えてくれないだろう。ルーシィは隠すつもりのようだし。
「しかし、『クラウス』と名前で呼んでくださるんですね」
「べつにいいでしょう? それとも嫌?」
ルーシィ殿下がちょっと不安そうに俺を見上げる。
いちいち反応が可愛いなと思う。まるでルーシィ殿下はクラウスに気に入られたがっているかのようだ。
俺はにっこりと笑う。
「嫌ではありませんよ。むしろ嬉しいです。しかし、ここは魔法学校です」
「どういう意味?」
「つまり、私のことは先生とお呼びください」
ルーシィはちょっとためらった様子で、そして耳まで顔を赤くして小声でささやく。
「クラウス先生。これでいい?」
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