第9話 第三の道


「意外と素直ですね」


 俺はうっかりそう口走ってしまう。

 ルーシィ殿下はジト目で俺を睨んだ。


「私を何だと思っているわけ?」

 

「ツンデレ皇女様?」


 ツンデレの意味が通じないだろうと思ったら、一応この世界はゲームの世界なのでルーシィも理解できる単語だったらしい。


 相変わらず赤い頬のままルーシィはうろたえる。


「つ、ツンデレって、私が本当はあなたのことを好きみたいに言うのはやめてよね!」


「違うんですか?」


「ち、違うに決まってるでしょ! 残虐で冷酷な秘密警察のスパイなんて、好きになれるわけないんだから」


 そうはっきり言われると傷つくが、この世界でのクラウスは悪役だ。

 仕方あるまい。


 現代日本では物語でゲームのラスボスや悪役令嬢に転生する話が人気だが、たいていの場合、幼少時からのスタートだ。


 すでにクラウスは罪を重ねすぎていて挽回の余地がないかもしれない。

 ルーシィは指を折って数える。


「シベリウシア自治領の自治政府首脳暗殺、ポルカ王国第二王女誘拐、自由革命党戦闘団団員の大量処刑……全部、クラウス先生がやったことよね?」


「……そうですね。ですが、帝国のために必要だと信じて行ったことです」


 俺が転生する前とはいえ、クラウスがやった非道の数々はなかったことにできない。

 そんな俺が取りうる道は二つ。


 今までの罪を懺悔し、悪役を辞めて正道を歩む。主人公たちとも共同歩調を執るのだ。

 必要なら革命派に身を投じ、帝国をも打倒し、新政府のもとで生きる。


 もともとはこの方法でなんとか生き延びるつもりだった。だが、いまさら俺――クラウスの悪事が許されるとは思えない。

 だから、主人公側につくのは難しいかもしれない。


 もう一つの道はシンプルだ。悪であることを徹底し、主人公サイドを叩きのめす。

 そして、この帝国を守り、帝国政府の幹部、大貴族の代表として行きていく道だ。

 

 だが、この腐敗した帝国において、その方法も難しい。仮に主人公たちや自由革命党を倒せても、暴君皇帝と無能な元老たちのもとでは帝国はいずれ崩壊する。

 そうなれば俺は処刑されるわけだ。


 ルーシィ殿下が俺をまっすぐに見つめる。


「あなたはあなたの非道を必要なことだと思っているのかもしれない。でも、私は違うわ」


「え?」


「残虐行為なんてしなくても、秘密警察なんてなくても、すべての人が平和で幸せに生きられる国。私はそんな国を作りたいの」


 ルーシィのルビーのように美しい瞳には、一点の曇りもなかった。

 俺は圧倒される。俺は自分のことしか考えていなかった。


 だが、この帝姫殿下は違うのだ。


「ルーシィ殿下の崇高な志に感銘を受けました」


「それ、本気で言ってる?」


 ルーシィは疑わしそうに俺を見る。からかわれたと思ったらしい。

 けれど、俺は本気だった。もしかすると第三の道があるかもしれない。


 つまり、帝国を打倒するのでもなく、守るのでもなく。

 帝国を変えるという道。


 この美しく、そしてまっすぐな皇女がいれば、それが可能になるかもしれない。

 ルーシィはふふっと微笑んだ。


「あなただって、昔はこの国を変えたかった。そうでしょう? クラウス先生」



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