第10話 闇魔法と皇女様

 そう。記憶をたどる限り、たしかに成人してすぐのクラウスはまともな人間だったようだ。

 いまだに現代日本の記憶とクラウスの記憶が混線し、断片的にしか思い出せないのだが。


 ルーシィはその頃のクラウスを知っているということだ。

 それなら、ルーシィの信頼を得るのは難しくない。


「ルーシィ殿下が帝国を改革するつもりであれば、私は協力しますよ。次代の皇帝陛下になるのであれば、そのお手伝いもしましょう」


 現時点では皇太子は未定。第一皇子が次代の皇帝になるとは限らないということだ。

 この帝国では皇族のなかから優秀な人間を皇帝が後継者に指名する。


 その指名はまだ行われていない。厳密に言えば、未公表の後継者候補を記した紙が、皇宮の「聖なる間」に封印されている。


 皇帝の身に万一のことがあれば、この密書を大臣たちが開封し、次代皇帝を決めるわけだ。

 だが、これはあくまで仮のもの。

 皇子・皇女たちの年齢を考えレアb、正式な皇位継承者の指名は明日行われてもおかしくない。


 だが、ルーシィは首を横に振った。


「私はそんな畏れ多いことは考えていないわ。他に血筋の良い母と強力な後ろ盾を持つ兄や姉がいるものね」


「ですが、人望や能力ではルーシィ殿下の方が上でしょう?」


「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。そうね、それはそうかもしれない」


 ルーシィは否定しなかった。

 真紅の帝姫、といえば民衆からも人気がある有名な皇女だ。宮廷でもその優秀さは一目置かれている。


 俺がルーシィのカップにお茶を注ぐと、ルーシィはそれを美味しそうに飲んだ。


「相変わらず紅茶を自分で淹れるのね。しかも、上手」


「相変わらず……?」


「う、噂で聞いただけ」


 いや、実際にルーシィはクラウスの淹れる紅茶を飲んだことがあるのだろう。

 気になるが、今はそれは問題ではない。


 ルーシィはカップを机に置き、真面目な表情になる。


「だからこそ、私は皇帝になるつもりはないわ。私が目指すのは大臣会議の議長よ」


「自ら政務を執る臣下となるつもりですか」


「そうね。そのためなら、必要であれば帝姫の身分なんて捨てても良いわ」


 皇帝であるよりも、大臣の筆頭として活動した方が実質的な影響力を持てるかもしれない。

 なるのが困難な皇帝より現実的な選択肢でもある。

 

「そのためには魔法学校も良い成績で卒業しないとね。そのためにクラウスに協力してほしいことがあるの」


「俺の闇魔法を教えてほしい、ということですか?」


「そのとおり。私は炎属性魔法の使い手としては悪くない方だけど、それ以外の属性はさっぱりだから」


 炎・水・風・木・土・鉄・銅・銀・金・光・闇・無。基本的に全十二属性に魔法は分類される。

 そして、どの属性が使えるかは魔術師の適性、そして魔導銃に埋め込む光石で決まる。


 通常の魔導銃は光石は四つまではめ込めるから、その分配が肝要だ。

 たとえば全部を一つの光属性に積み込み、火力の高い魔法を高めるのも手。


 逆に四属性に分散してバランスよく魔法を使うことも可能だ。


「私は戦える魔術師になりたいの。炎属性だけだと戦闘で対処できることに限りがあるけど、闇属性魔法も扱えればかなり戦えるようになるはず。こないだみたいに震えているだけじゃ、ダメだって思ったの」


 テロリストの襲撃があったとき、ルーシィは戦闘に参加しなかった。

 実戦経験がないから、恐ろしくて動けなかったのだろう。


 だが、ルーシィが人の上に立つなら、戦闘に強いことは悪いことではない。


「ただ、皇族を前線で戦わせるわけにはいかないということもありますが……」


「皇族って言っても、私は第五皇女。たくさんいる娘の一人にすぎないわ。別にいいでしょ?」


「しかし――」


「私が本気で国を変えるなら、軍にも影響力を持たないといけない。だけど、兵士たちの後ろで隠れて指揮をとるような女なんて、誰にも信用されないわ」


 だから、ルーシィは力を欲している。

 それがたとえ闇の力だとしても。クラウスはたしかに闇属性魔法の使い手だ。


 だが、闇属性魔法はそれほど歓迎されるようなものではない。

 争い戦い、人を死に導くための魔法。


「本来、皇族が使うようなものではないはずですよ。それこそ秘密警察向きのものですから」


「だからこそ、よ。他の皇族は闇属性魔法を扱えない。それは私にとって彼ら彼女らより立場を強くするための手段となるはず。政治力のある貴族や官僚には闇属性魔法の使い手も多いし」


 実際、皇帝官房第三部もそうだ。

 ルーシィの言う事も理解できる。


 それなら、俺は自分で言ったとおり、ルーシィに闇属性魔法を教えてあげよう。

 俺がそう言うと、ルーシィは「やった!」とガッツポーズをして、それから顔を赤くする。


「べ、べつにクラウスに魔法を教えてほしいからって、こんなこと言っているわけじゃないんだからね?」


「わかっていますよ」


 わかりやすいツンデレムーブで俺は笑ってしまう。

 ルーシィは人差し指を立てた。


「それでね、クラウス。少し決闘……じゃなかった、手合わせをしてほしいの」





<あとがき>

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