第7話

 私はクラウスにもう一つお願いをした。魔法を教えてほしかったのだ。


 クラウスは闇属性魔法の最も優れた使い手の一人だった。クラウスに近づくために、クラウスのことを知るために、その魔法を知るのは絶対に必要なことな気がした。


 でも、クラウスは首を横に振った。


「教えてあげたいんだけど、あまり時間がないんだよ」


「え?」


「来週には内務省の官僚として、東方の州で勤務することになったんだ。しばらく帝都には戻ってこないと思う」


 クラウスがいなくなると知って、私は慌てた。

 まだ、自分の正体も話していない。


 クラウスは微笑んで私の髪を撫でた。


「そんな顔をしないでよ」


「ねえ、クラウス様。絶対、今度戻ってきたら、魔法を教えて」


 私はそう言って、クラウスにしがみついた。

 クラウスはぽんぽんと私の肩を叩く。


「もし数年経っても気が変わっていなければ、教えてあげるよ。闇属性の魔法は応用・例外に属しますから。それ以外の魔法も普通のお勉強も頑張っていてね」


 私はうなずいた。気が変わったりなんてしない。


 クラウスが帝都を立つ日。そのときに皇女ルーシィだって明かそう。

 そう思っていたのに私は風邪を引いてしまって。


 最後の日に会うことができなかった。泣きじゃくる私を、母は慰めてくれて。

 それから私は必死で努力した。

 

 クラウスに再会するために。再会したときに魔法の弟子にしてもらえるように。


 そうすると、徐々に周囲の目は変わっていった。

 私は座学の勉強も魔法も極めて優秀だという評価を受けた。


 特に炎属性魔法の使い手としては、神霊級の魔法まで習得したし。

 もともと私は魔法の才能があったみたいだ。

 帝国を変えたい、というクラウスの言葉を覚えていたから、私は改革派の貴族ともなるべく会った。


 そして、いつしか帝国で改革派の旗手となる皇女と目されるようになった。

 そして、私は呼ばれるようになった。「真紅の帝姫」と。


 クラウスに再会したら、びっくりするだろうな、と私は思っていた。

 でも。


 クラウスはいつしか内務省のなかでも最も汚れた部分に関わるようになった。

 官房第三部。秘密警察だ。


 帝国の敵を容赦なく、非合法に抹殺する。たとえ相手が女子供でも容赦しない。

 そんな部署にクラウスは移り、帝国中で手を汚し続けた。


 帝都に戻ってきたとき、彼は変わってしまっていた。官房第三部部長として昇進し、同時に優しい彼はどこにもいなくなっていた。

 彼は帝国を変えたいと言っていた。


 なのに、クラウスは自分が変わってしまっていた。

 私はどうすればいいかわからなかった。私の魔法学校の友人も官房第三部に捕まったと聞いて、流石に困惑してクラウスを呼び出したのだけれど――。


 もちろん、彼は私のことを覚えていない。名乗らなかったから。

 クラウスのなかでの私は、それほど親しくもない皇族の一人にすぎない。


 彼の様子や言動にやっぱり昔とは全然違う、と最初は思った。

 けれど、テロリストが私を狙って襲ってきた時、彼は命を掛けて私を守ってくれた。


 爆発の際にクラウスにかばってもらって、押し倒されたとき、私は胸の高鳴りが抑えられなかった。

 こんなときなのに、クラウスがそばにいるというだけで恋する乙女のようになってしまう。


 それにクラウスはものすごく強かった。私も魔法の使い手としては優秀だと思っていたけれど、やっぱり格が違う。


 彼は帝国に奉仕する善人なのだろうか? それとも権力に取り憑かれた悪人なのだろうか?

 確かめよう。


 もし彼が悪に堕ちたのなら、私が止めないといけない。もし彼の行動に理由があり、昔のまま優しい人なら、そのときは――。


 そのとき、私はどうするんだろう? 告白、というのを想像してしまい、わたしはうろたえる。


 と、ともかく!

 クラウスのそばにいて、監視しないとね。それは彼の魔法を教えてもらうためにも必要なことだ。


 夜中。私は一枚の書類にサインした。

 それはクラウスを魔法学校の教授として招聘するための推薦状だ。





 ということで、魔法学校を狙ったテロは収まった。

 俺は官房第三部の部長席でため息をつく。

 

 今頃、テロリストたちは拷問を受けているころだろう。

 罪なき魔法学校の生徒たちの命まで奪いかねなかった存在だ。


 それほど良心は痛まない。

 さて、俺はどうすればいいか?


 考えてみると、原作ゲーム開始前に自由革命党を殲滅し尽くせば、俺は破滅から逃れられる。

 今以上に手段を選ばなければ、可能かもしれない。


 だが、自由革命党やそのシンパは帝国中にいる。それをすべて殺害するのは困難だし、何より非道だ。


 だとすれば、別の方法を考える必要がある。自由革命党も過激派テロリストだけではなく、真っ当な穏健派もいる(ちなみに主人公たちもその穏健派に入ることになる)。


 そして、それは帝国政府も同じだ。多くの高官は腐った人間で、金と権力にしか目がない。だが、改革派は一定数いて、本気で帝国を憂いている。


 彼らの力を結集する必要がある。そして、原作ゲーム開始前の悲劇、物語の幕開けを告げる大惨事を防ぐ必要がある。


 血の月曜日事件、とそれは呼ばれる。皇宮前に抗議に押し寄せた民衆を帝国軍が虐殺した事件だ。

 そのなかには主人公の友人たちも含まれている。


 首謀者の一人がクラウスだ。

 これは必ず回避しないといけない。


 さて、と。

 そのために、俺はルーシィ殿下の用意した筋書きに乗ってあげよう。


 つまり、帝立魔法学校教授に俺はなり、ルーシィたちの学校で教えることになるのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る