第6話 皇女視点:幼い頃のルーシィ
私は、自分が普通の少女だったらと想像することがある。
実際のわたしは皇帝の娘だから。
私――ルーシィ・フォン・エスターライヒは、ザクセン=バレンシュテット帝国の皇帝フリードリヒ19世の第五皇女として生まれた。
母のマリアは第三皇妃であり、中級貴族のエーレンシュテット伯爵家の娘だった。
美しくて優しい人で赤みがかった茶髪と青い目の持ち主だった。
ところが、私は赤髪赤目。父である皇帝陛下も金髪碧眼なのに。
「あなたの髪は本当に鮮やかな赤ね。瞳もルビーみたいに綺麗……」
母はそう言って、私を可愛がってくれた。
でも、他の人は違う。赤髪赤目はこの帝国のおとぎ話では不吉の象徴だ。
だから、皇宮では冷ややかな目で見られることも多かった。もともと力のない第三皇妃の娘だ。
皇位継承の可能性も極めて低いし、「その他大勢」の皇女にすぎない。
あとはなるべく高位の貴族に降嫁できるようにするぐらいしかできることはない。
皇女なんていくらでもいるし、実家の後ろ盾が期待できない分、上級貴族の令嬢よりも結婚相手としては見劣りする。
だから、私の姉たちは魔法学校で良い結婚相手を見つけようと必死だった。
そんな彼女たちを、そして自分を私は冷ややかに見ていた。
「あなたみたいな赤髪の皇女なんて、まともなもらい手はいないわ。貴族どころか、成金の商売人にでも嫁いだら?」
姉の第四皇女シャルロッテはそう言って10歳の私を嘲笑った。彼女は美しい金髪碧眼で、皇后の娘だったから、同じ皇女でも待遇はずっと上。
決まりきった人生。つまらない周囲。
赤髪赤目の私は疎んじられて、ろくな結婚相手もいないだろう。
そして、この帝国でゆるやかに腐っていくしかないのだろうか。
閉塞した空気のなかで、いつしか幼い私は茶髪のかつらをかぶり、使用人の娘のフリをして皇宮内で遊んでいた。
身分を隠して歩き回るのは意外と楽しかった。
皇族、貴族や使用人、外部の平民。あらゆる種類の人間の本性が見える。
一応は皇族の私にうやうやしく接していた人間も、使用人の娘には横暴に接したり。
逆に普段は目立つところのない貴族が、意外に優しいことを知ったり。
中でも私が気に入っていたのは、クラウスという名前の貴族だった。
皇宮に入ったばかりの若手貴族で、皇帝の侍従の一人だった。といっても、侍従は宮廷に出仕して初めての上級貴族に与えられるお飾りの職で、あまり仕事はない。
彼は翌年には内務省に入る予定らしく、それまでの準備期間のような位置づけだった。
10歳の私は皇宮内の彼の部屋にたびたび押しかけ、遊びをせがんだ。
クラウスは使用人の娘(のフリをした)私を邪険にせず、優しく扱ってくれた。
甘えてクラウスの膝の上に乗りながら、私は髪を撫でられてえへへと笑う。
「ねえねえ、クラウスは夢ってある? 国のお仕事でどんなことをしたいの?」
「皇帝陛下と帝国の役に立つことだよ」
クラウスは微笑みながら、そう答えた。
私はクラウスを見上げ、カッコいい顔をしているなあ、と見惚れる。
じゃなくて。
「それって本音?」
もし私が皇女だったら、クラウスは建前しか話さなかっただろう。
けれど、相手は使用人の娘だ。
クラウスはくすりと笑う。
「本音だよ。でも、俺が考えているのはもっと具体的なことさ」
「つまり?」
「俺はこの国を変えたいんだよ」
クラウスはそう言って、現状の帝国の窮状を子どものわたしにもわかりやすく教えてくれた。
皇宮の外では、他国との関係も悪化し植民地も次々と失っている。
地主に虐げられ、生活ができなくなった農民たちが反乱を起こし、その度に鎮圧され虐殺される。
そして、帝国政府の内部は腐敗していて、能力のない貴族たちが政権を牛耳っている。
クラウスはとても平易な言葉で説明してくれたし、自分で言うのも変だが私は頭が良かった。
いろんなことをクラウスは私に教えてくれた。そう。私の世界が変わるぐらいに。
もしこんな人と結婚できたら。世界は悪くないのかもしれない。
クラウスに奥さんや婚約者はいなかったし、数年後になったらもしかしたら私にもチャンスがあるかも……。
子どもなのに、私はませていて。
つまり、私はクラウスに恋をしていた。
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