第5話

 ともかく、敵の第一撃はかわした。


 俺は立ち上がり、ルーシィ殿下に手を差し伸べる。


「殿下、立てますか?」


「え、ええ」


 ルーシィ殿下は俺の手をつかむと、立ち上がった。

 ひんやりとした小さな手だ。


 反対側の手で魔導銃を抜く。事前に試してはみたものの、この世界の魔法がちゃんと戦闘でも使えるか不安だ。


 俺は金色の仰々しい見た目の魔導銃を見つめた。

 見た目はデザートイーグルを金色にしたような、大口径のピストルだ。

 だが、これこそがこの世界で魔法を使うために必須の「魔導銃」である。


 魔導銃は銃以外の形―ーたとえば、剣や杖も、代わりどころだと写真機もあるが、すべての魔導銃にはスイッチ――銃なら引き金があり、そのスイッチを押すことで初めて魔法が使えるわけだ。


 さらに魔法を使うためには、その魔導銃に「光石」と呼ばれる宝石のような物体をはめないといけない。

 光石の種類によって使える魔法が決まり、魔導銃がその威力を制御する。

 

 俺の持っている魔導銃「アタラクシア」はローゼンクランツ侯爵家が誇る一級品だ。

 クラウスの強さの秘密でもある。


「さて、と」


 怯える帝姫殿下を守り、敵を排除しなければならない。


 案の定、テロリストと思われる人物たちが部屋に乱入してくる。水色の軍服のような服を着ている。

 おそらく自由革命党の戦闘団だ。彼らは反帝政派の集まりであるだけでなく、私兵まで持っている。

 戦闘団が皇族や大臣などの要人暗殺を行い、やがては革命を起こす。


 その暗殺の対象者にルーシィ殿下が選ばれたわけだ。


 震えるルーシィ殿下がぎゅっと俺にしがみつく。さっきまであんなに強気だったのに、可愛いものだと思う。

 彼女は16歳の女の子だから当然だとも言える。


 だが、帝国は――特に改革派はルーシィ殿下を理想の皇女として祭り上げた。

 未来の皇帝。帝国の救世主。

 

 それが彼女の破滅につながったのだ。革命派が帝国の悪の象徴としてルーシィ殿下を処刑することもあれば、帝国政府の保守派(腐敗した皇帝の側近)がルーシィ殿下を暗殺すつこともある。


 誰かが彼女を年相応の少女として見守っていれば、そうした結末は防げたかもしれない。

 

 いや、今は考え事をするのをやめよう。

 テロリストは四人。戦闘団のリーダーらしき団員が進み出る。


 30代前半ぐらいだろうか。一見爽やかな雰囲気の長身の青年だ。

 だが、その濁った瞳を俺は見逃さなかった。


 彼はにやりと笑う。


「これはこれは帝姫殿下。ご機嫌うるわしゅう」


「と、突然、爆風が部屋に入ってきて、機嫌が良い人間がいると思う?」


 ルーシィは震えながらも、言い返す。さすが真紅の帝姫。

 怯えながらも、軽口を叩けるのは立派だ。まあ、俺にしがみついたままなのですが。ちょっと可愛い。


 男はにやりと笑った。


「なあに、すぐにご機嫌を良くしていただきますよ。我々の手でね」


「あなたは何者? 私を殺しに来たわけ?」


「質問は同時に一つまでにしていただきたいですね」


「あら、無礼な乱入者のあなたに礼儀を説かれる筋合いはないわ。皇宮に正面から入ってきてから言いなさい」


 この皇女殿下はやっぱり気が強い。そういうところも人気の秘訣なのだけれど。

 いや、気が強いフリをしているだけで彼女は繊細なのだ。今もまだ、脚が震えている。


 俺はルーシィ殿下を安心させるように肩をぽんぽんと叩く。


「殿下。少し離れますが、平気ですか?」

 

 言われて、俺にくっついたままなのに気づいたらしい。殿下は慌てて俺から離れ、「へ、平気に決まっているじゃない!」と顔を赤くして俺を睨む。


 少し落ち着いたようで良かった。

 俺は目線を相手の男に戻す。


「君は殿下を殺すつもりはないな。捕まえて利用するつもりだ」


「そうですね。調べはついているというわけですか。帝国の希望の光、真紅の帝姫殿下を自由革命党の旗印にできれば、我々はより強くなる」


「そのためには殿下の意思は無視というわけだな。君は自由革命党における中央委員13人の一人だろう? アルフレート・アーレンス」


 アルフレート・アーレンス。革命のためなら、手段を選ばない非情な人間だ。

 貴族を一家まとめて惨殺し、幼い五歳の娘すら斬首した。


 そして、ゲームではアルフレートは主人公の敵でもある。最初は主人公の仲間だったアルフレートは、その残虐さから優しい性格の主人公と対立し、主人公を粛清しようとして失敗する役回りだ。


 その意味で、このアルフレートはクラウスの影のような存在でもある。立場は違うが、悪役であることに違いはない。

 アルフレートはにやりと笑った。


「そういうあなたは官房第三部の部長クラウス・フォン・ローゼンクランツ閣下ですね」


「君が俺を『閣下』と呼ぶとは思わなかったな。仲間の仇だからね」


「あなたが閣下と呼ばれるのは今日が最後だ」


 アルフレートは魔導銃を抜き放つ。

 彼は自由革命党戦闘団の中でも実力者だ。党の幹部でもある。


 相当の実力があるのだろう。

 だが――。


 俺が魔導銃の引き金を引くと、黒い影が部屋に満ちる。

 次の瞬間にはアルフレートの部下たちは全員倒れていた。

 

「なっ……!」


「忘れたのか。俺が帝国一の闇魔法の使い手だということを」


 俺は淡々と言う。クラウスはゲームでいえば、ほぼラスボス。一方、アルフレートはゲームでは序盤の中ボスである。


 実力に差がありすぎる。

 俺は彼に一歩近づくと、その首筋に魔導銃を当てた。


「さて、と。大人しく降参するかね?」


「ま、まだだ! この学校の生徒たちは人質に取っている! おまえが――」


 次の瞬間、俺は引き金を引いた。ぎゃあああっとアルフレートが絶叫する。

 威嚇なのでアルフレートを外したが、後ろの壁を吹き飛ばした。


 我ながら冷静にできている。俺は悪役だが、相手も悪役だ。遠慮することはない。

 そこにレオナが飛び込んでくる。


「クラウス様! 全生徒の避難、保護が完了しました!」


「そうか、よくやった」


「はい!」


 レオナが嬉しそうに微笑む。アルフレートは信じられないという顔をした。


「なんだと!? まだ他に我々の仲間がいたはず……」

 

「気づいていないのか? 君は誘い込まれたんだ。すべて君の計画は事前に察知されている」


 俺はアルフレートの耳元でささやく。これはルーシィ殿下には後で説明するので、今は聞かれない方が良い情報だからだ。


 二重スパイとなったレオナが、この計画の全貌を入手してくれた。

 おかげで俺は十分な準備とともにアルフレートたちを迎え撃つことができたのだ。言ってみれば、ルーシィ殿下を囮にしてしまったわけだが、人的被害もないし納得してくれるだろう。

 

「これで我々の勝利だ」


 アルフレートを捕縛する指示を出すと、俺はルーシィ殿下の方を向いた。

 呆然としていた様子のルーシィ殿下は「すごい……」と俺を見てつぶやき、しばらくしてハッとした表情になった。


「か、勘違してないでよね。あなたがいなくても私一人でもこいつらぐらい倒せたわ」


「本当ですか?」


「本当よ! でも……ありがとう、礼は言っておくわ」

 

 ルーシィ殿下は小声でそう言った。

 そして、俺を上目遣いに見る。


「あなたは……善人? それとも悪人?」


「それは殿下が決めることですよ」


「……私はこの帝国を変えたいわ」


 ルーシィ殿下はそう言って、床のガラス片を見つめた。

 ばらばらになったガラス片が陽の光を反射して、まるで宝石のようにきらめいていた。





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