第2話 美人秘書を味方につける

 どういうことなのか、と俺は兵士を見る。

 正確に言えば、兵士ではなさそうだ。


 警察、それも秘密警察の一員らしい。


 クラウスの所属する帝国内務省は警察、報道、保健衛生、地方自治などを司る役所だ。

 要するに、何でも屋の権力者たちの集まりだった。


 陸海軍省とは別に、内務省は実力行使を行う部隊を持っている。

 その一つがこの内務省官房第三部。秘密警察だ。


 帝国と皇帝を脅かすあらゆる脅威を排除する。それが官房第三部の役目だ。

 反帝政思想を取り締まり、反逆者たちを秘密裏に処刑していく悪の組織。


 原作ゲームでも何度も主人公たちの前に立ちはだかる。主人公たちは帝国を打倒し、言ってみれば革命を起こす側なので、完全な敵だ。


 その秘密警察が処刑しようとしているのが、この女性らしい。

 女性の名前はレオナという。


 クラウスの秘書らしい。後ろ手にされて、手錠をかけられている。

 こんなキャラは見たことがない。


 卓上の暦を読むと、俺は衝撃の事実に気づいた。

 今は原作ゲーム開始の一年前だ。


 クラウスは内務大臣だったが、シナリオの途中で抜擢されている。現状は官房第三部の長官らしい。


 クラウスの記憶が次々と流れこんできて、現世の更科才人の記憶と混線する。

 

「長官閣下、いかがいたしましょう? この女が<自由革命党>と内通していたことは明白です」


 秘密警察の男が言う。一見すると衛兵のようだが、目つきが驚くほど厳しい。さすがクラウスの仲間。人相が悪い。


 レオナが悲鳴を上げる。


「な、内通だなんて、そんな……!?」


「おまえは自由革命党の関係者に書類を渡していただろう? 証拠は押さえてあるんだ!」


 警察の一人が言う。

 自由革命党というのは帝政を倒そうとしている革命組織の一つだ。原作ゲームの主人公が所属している組織でもある。


 レオナは首を横に振った。


「知らなかったんです! 彼は幼馴染でまさか党の関係者だなんて思わなくて……」


 どうやらレオナは騙されて国の機密情報を渡したらしい。彼女の言う通りなら、だが。

 しかし、いずれにせよ情報漏洩は重罪だ。


 罪は免れない。この冷酷な官房第三部は平民の危険人物は、秘密裏に処刑する権限すらある。

 普段のクラウスなら、迷わず処刑していただろう。そうやって罪なき市民も、主人公の姉も殺したのだから。


 だが、俺は違う。俺は中身はただの日本人のサラリーマンだ。

 人を殺すような度胸もない。それに、このまま原作通りの悪役をやっていては、破滅が待っている。


 一方で、これまでのクラウスの役割を考えれば、ここでレオナを釈放すれば部下たちから疑われる。


 俺は思案した。


「諸君、少し席を外しておいてほしい。この女には直々に取り調べたいことがある」


「はっ! かしこまりました。しかし、危険です。反逆者の女と二人きりなど――」


「君たちは俺がどれほど強いか、知っているだろう?」


 俺はにやりと笑った。ああ、悪役っぽい笑い方になっている。

 彼らはうなずくと、部屋から出ていった。


 人間性は最低最悪なクラウスだが、腐っても最強の敵の一人。

 その実力と戦闘力だけは高い。ゲームプレイ中も何度も苦戦させられた……。


 さて。

 レオナと二人きりになる。ここからが問題だ。


 レオナの顔は恐怖で引きつっている。拷問でもされるかと思っているのかもしれない。


 俺は優しく微笑むと、レオナの手錠を外した。


「えっ……」


「まあ、そこの席にでも座ってくれ」


 俺はレオナに席をすすめる。レオナは戸惑っていた。

 それはそうだろう。 

 

 反逆の疑いをかけられているし、そもそもクラウスはこの女性に厳しかったらしい。

 暴力を振るったりすることはないが、威圧的な態度で臨んでいて普段から恐れられていたようだ。


 レオナが腰掛けると、俺は口火を切った。


「君はこれからどうなると思う?」


「こ、殺されるのは嫌です!」


「それはそうだろう。人間なら、誰だって死にたくはないからな」


 俺も同じだ。クラウスと運命の軌を一にして破滅なんてまっぴらごめんだ。

 

「だが。機密情報の漏洩は重罪だ。処刑されても文句は言えない」


「そ、そんな……!」


 俺は立ち上がると、レオナの額に魔導銃の銃口を当てた。

 魔導銃というのはこの世界で魔法を使うために必須の道具である。


 引き金を引けば、クラウスの闇属性魔法によってレオナの頭は弾け飛ぶだろう。

 レオナは「やだ……死にたくない」と泣き出してしまい、あまつさえ失禁した。ちょっとやりすぎたな。

 美人の成人女性には相当な恥辱だろう。


「だが、できれば君を助けたいと思っている」


 レオナの目に希望が戻った。


「ほ、本当ですか!?」


「条件はあるがね。君は俺の秘書としてよく仕事をしてくれたからな。命を奪われるのは忍びない」


 不意打ちで褒められて、レオナは感極まったようだった。「クラウス様のお褒めに預かるなんて……!」と。


 クラウスはレオナを一度も褒めたことがないどころか、いつも叱責していたようだ。

 だが、レオナはクラウスに常に忠実で有能だった。まあ幼馴染に言いくるめられて、情報を渡すのは大失態だし、やや気弱すぎるが、概して優秀だと言える。


「た、助かる条件って何でしょう? な、なんでもします……!」


 上目遣いに見つめられ、俺はどきりとする。い、いま何でもするって言ったよね??


 ではなく。


「君が助かるための条件は二つある。一つは君は自由革命党にスパイとして潜り込んでほしい。その幼馴染に機密情報を渡したなら、信用されているだろう。できるはずだ」


「は、はい!」


「もっとも、その男に惚れているなら裏切れないだろうが……」


 レオナは慌てて首を横に振った。


「彼はただの幼馴染です。しかも、わたしを騙して情報を盗ったんですから、何の情もあるわけがありません」


 レオナの目を俺は見る。警戒はした方が良いだろうが、追い詰められての嘘ではなさそうだ。

 俺はうなずく。


「二つ目はもっと重要で困難なことだ」


 ごくりとレオナが息を呑む。どんな難題を突きつけられるのかと怯えているのだろう。

 俺はにやりと笑った。


「この先も俺に忠実に仕えてくれ。俺には君が必要だからな。以上だ」


 レオナは目を丸くして、それから感激したように「もちろんです。クラウス様」と微笑んだ。


 もともとレオナはクラウスのことを尊敬していたらしい。こんなドクズを尊敬してどうするのかと思うが、有能は有能だ。

 ゲーム中でも悪の帝国を一手に支えていたわけで、人格はともかく能力は高い。


 そのクラウスに助けられ、しかも必要としていると言われ、レオナは完全に堕ちた。

 これでこの娘は俺の味方だ。


 さて、と。問題は一つ解決だ。この決着であれば官房第三部の利益にもなるし、部下たちも納得するだろう。


 だが、俺が悪名高い秘密警察のトップであることには変わりない。反逆者を次々と殺すなんて陰惨な立場は辞めたいところだ。

 恨みを買えば買うほど、俺は破滅に近づく。

 

 この立場を変える必要があるが――。


 そんなとき、渡りに船な話があった。

 第五皇女、ルーシィ・フォン・エスターライヒ殿下の呼び出しを受けたのだ。


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