第3話 秘書レオナ視点
クラウス・フォン・ローゼンクランツ侯爵閣下にお仕えして二年。
わたし、つまりレオナ・ミュラーは帝都の平凡な商家の生まれだった。
ただ両親は教育熱心で、わたしを帝国で一番名高い学校「帝立魔法学校」に入学させた。そして、学校を卒業してすぐに、わたし――レオナ・ミュラーは内務省に入った。
わたしは成績も優秀だったし、高等文官試験も問題なくパスした。
帝国の内務省といえば、エリートコースだし給料も高い。ここまでは順風満帆。
母は「あとはいい人を見つけて結婚すれば問題なしね」なんて言って笑った。
でも、わたしは男の人に興味なんてなかったから、余計なお世話だ。
わたしは結構美人だったので学校ではモテていたと思う。貴族の子弟に言い寄られることもあった。
だけど、学校の同級生だった男子たちはガキっぽい奴らばかりで、何の興味も持てなかった。
この先、出会う男たちもそうだろう。わたしはそう思っていた。
でも、違ったんだ。
クラウス閣下に会った時、わたしは一目惚れした。なんてかっこいい人だろう、と。そして、知れば知るほど彼のことを好きになっていった。
血筋が良いだけじゃなくて、魔法の実力も官僚としての能力も抜群だ。
しかも、新人秘書のわたしをいつも気遣ってくれる優しい人だった。
こんな人の部下になれてわたしは幸せだった。
でも――。
クラウス様は少しずつ変わっていった。官房第三部という秘密警察の長官になってから、非情な決断を迫られることが多くなったのだ。
そのなかで、クラウス様は次々とためらいなく人を殺すようになっていった。
まるでなにか……悪霊にでも取り憑かれたかのように。
冷酷な鬼畜。誰もがクラウス様のことをそう呼ぶようになった。
それでも、わたしは信じていた。彼が本当は優しい人だと。
けれど、クラウス様が反逆者の親戚の幼い兄妹を容赦なく処刑するのを見て、わたしの心は揺らいだ。
あまりにも冷酷すぎる。わたしもその非道に手を貸しているのだ。
帝国は苦境にある。戦争で負け続け、市民はろくに食料の配給にもありつけない。
今の政府を変えようと訴える自由革命党は、本当は正しいのではないか?
わたしはそんな疑問を持った。
幼馴染のリカルドがわたしに声をかけてきたのは、そんなときだった。
久々の再会を喜び、酒場で酒を飲み。わたしは彼に言いくるめられて、内務省の情報を渡してしまった。
それが重大な機密情報だと、わたしもわかっていた。薄々、彼が自由革命党の関係者だとも気づいていた。
ただ、その書類を渡すことで、自由革命党の人間――少年少女もいる――が処刑から救われるとわかっていたから。
罪悪感から書類を渡してしまったのだ。
そして、そのことがバレてわたしはクラウス様の前に引き立てられた。
クビになるどころか、処刑される。
わたしは恐怖に怯えて、クラウス様を見上げた。
ところが、彼はわたしを許すという。
裏切り者のわたしを必要だと言ってくれたのだ。
好意を持っている人から、そう言われて嬉しくないはずがない。
クラウス様は微笑んだ。
「君は私を冷酷無慈悲な人間だと思うか?」
「い、いえ。そんなことは滅相もありません」
「嘘をつかなくていい。たしかにこの官房第三部がやっていることは非情な蛮行に見えるかもしれない。だが、この国の将来を守るために必要なことなのだ。もし、革命派が政権を握れば、今より多くの人が死ぬ。まず貴族や官僚は彼らの手で皆殺しだ。俺も、君もね」
クラウス様の言う通りだ。理屈ではわかっていた。
彼のやっていることは必要悪だ、と。でも、わたしはクラウス様を信じきれなかった。
わたしは自分の愚かさを悔いた。クラウス様はわたしのことを信じてくれたのに、わたしは彼のことを信じられなかった。
でも、これからは違う。
「わたしはクラウス様のことを信じます。生涯、あなたにお仕えさせてください」
公私ともに、と言う勇気はなかった。それではプロポーズになってしまう。
クラウス様は笑って、「ありがとう」と言ってくれた。その表情は以前のクラウス様とまったく同じ、優しいものだった。
「だが、いずれこんな血で血を洗う過酷な時代は過ぎ去り、すべてを救う正義の味方が現れるさ。そうなったとき俺は用済みになる。そのとき君は新しい道を探せ」
「……嫌です」
「へ?」
「クラウス様が善であろうとも悪であろうとも、わたしのご主人さまです。今、そう決めました。生涯、お仕えするのは嘘ではありません」
「いや、しかし……」
「これからも、わたしをあなたの役に立てさせてください。たとえクラウス様がどんな非道に見えても、悪人に見えても、わたしはクラウス様の味方です。だって、わたしは――」
あなたのことを慕っているから。わたしはそう言おうとした。
けれど、そのとき扉が激しく叩かれる。間が悪い……。
職員の一人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「第五皇女殿下からのお呼び出しです、閣下」
第五皇女といえば、ルーシィ・フォン・エスターライヒ殿下だ。「真紅の皇女」ルーシィといえば、皇族の中でも存在感がある。
鮮烈なほど美しく、そして正義感の強い変わり者の少女だ。
「用向きは?」
クラウス様が尋ねると、職員はごくりと息を飲んだ。
「それが……どうも抗議のようで。殿下はその、激怒しているようです」
<あとがき>
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