第17話 弟子は一人だけ

 第四帝姫シャルロッテは、ある意味ではルーシィと対となる存在だ。

 同い年だが、ルーシィが身分の低い第三皇妃であるのに対し、シャルロッテは皇后の娘。

 ルーシィが赤髪赤目という珍しい容姿なのに対し、シャルロッテは皇族伝統の金髪碧眼。

 

 そして、政治的にもルーシィが傍流の改革派に期待されている一方で、シャルロッテを支持するのは保守的な元老院だ。


 幼い頃から二人はあまり仲が良くないらしい。

 ついでにいえば、ゲームでの扱いも正反対だ。ルーシィがサブヒロインですらないのに対して、シャルロッテは実はルートのあるヒロインの一人である。


 最初は傲慢な悪役皇女だったけれど、主人公の優しさに触れて改心する高飛車お嬢様わがままヒロイン枠だ。革命後もなんやかんやで主人公に助けられて、国外に逃げて生き延びる。


 が、そのルートでもルーシィはシャルロッテの身代わりとなり死んでしまうわけで。

 どう考えても、ツンデレ枠ならルーシィのほうが良いキャラだったのに、納得がいかない。


 閑話休題。

 それにしても、このルートヒロイン皇女はなぜ俺たちの部屋にやってきたのだろう?


 原作開始前にヒロインと関わるのは破滅回避に近づくのか、それとも破滅への一歩なのか?


 考えても仕方がない。

 問題は彼女が何の用事で来たのか?

 だが、なんとなく理由はわかっている。


 シャルロッテは仁王立ちしていた。ルーシィより少し小柄だ。


「皇女と男性貴族が同じ部屋で寝起きするなんてありえませんわ!」


 基本的にシャルロッテは性格の悪いワガママな子なわけだが、これは彼女の言う通り。

 俺もルーシィ殿下にそう言ったんですけどね。


「弟子と師匠ですよ、第四帝姫殿下」


「女の弟子が男の師匠と同居するなんて不道徳です。仮にもルーシィも皇族なのですから」


「畏れながら、私が帝国に忠実な臣なのは第四帝姫殿下もよくご存じでしょう? 帝姫ルーシィ殿下になにか不埒な真似をすると思いますか?」


「あなたがしなくても、あの子がするかもしれませんわ」


 たしかに……!

 だが、一応、俺はルーシィと同居すると約束してしまった。彼女があれほど熱心に頼んでいたことだ。


「ルーシィ殿下は多くの敵に命を狙われています。その命を守るためにも、私はルーシィ殿下のおそばにいる必要がありまして」


「へえ、その敵の中にはわたくしも含まれるのでしょう?

 

 カマをかけられたが、俺は平然とした表情で笑う。


「まさか。帝姫殿下がお身内を害するなど、ありえるはずがないでしょう」


「帝国の歴史は皇族の殺し合いの歴史。ローゼンクランツさんもご存知のはずですわ」


 ローゼンクランツ、は俺の名字。久々に呼ばれたな。

 それはともかく、シャルロッテの言うことが正しい。


 皇族は権力をめぐって殺し合いになることも珍しくない。現時点のシャルロッテがどこまでルーシィに害意を持っているかはともかく。

 

 シャルロッテは表情を柔らかくした。


「私が問題にしているのは、皇族としての体面です。ルーシィが男と一緒にいるのが許せないだけで、もちろん、わたくしはあの子を殺したりしませんわ。法と正義に反することなどしませんし、それに、殺す価値もないような子ですから。嫡流でもない赤毛の皇女なんて、脅威にもなりません」


「それはどうでしょうか。ルーシィ殿下は頭脳明晰で英邁ですよ」


 俺がそう言うと、シャルロッテは目に見えて機嫌を悪くした。

 わかりやすいな、この子は。

 

「へえ……。ローゼンクランツ、あなたは誰の味方なのですか? 官房派だと思っていましたが、ルーシィはあの派閥とは違うでしょう?」


 帝国政府内には改革派と保守派がいるが、保守派の中にも官房派と元老院派がいる。


 官房派は比較的実務能力が高く、若い官僚が忠臣だ。一方、元老院派は七大貴族を初めとする昔ながらの大貴族が中心だ。


 両者は協力したり反目したりしている。だが、いずれにせよ、ルーシィは改革派だから仲間ではない。

 俺は肩をすくめた。


「私は帝国の味方ですよ」


 シャルロッテは目を見開いた。そして、にやりと笑う。


「そうだというのなら、あなたはわたくしの師匠にもなれますね」


「第四帝姫殿下が私から魔法を教わりたいというのであれば、よろこんで。私はこの学校の教授ですから」


「そういうことではなくて、専属の師匠です。あの子はあなたをお気に入りみたいだからね。どうかしら?」 


「ありがたいお申し出ですが、私はルーシィ殿下の師匠ですので」


「わたくしの方が権力もあればお金も出せます。皇帝にもなるかもしれません。味方にして得なのはどちらだと思います?」


「それはもちろん第四帝姫殿下でしょうね」


「なら――」


「ですが、私はルーシィ殿下の味方です。さきほどは言葉を間違え失礼しました。私は帝国の、そしてルーシィ殿下の味方なのです。ルーシィ殿下は私が魔法を教えれば最強になりうる才能の持ち主ですから」


「わたくしだって――才能のある魔術師です!」


「そうかもしれません。ですが、私の弟子は、ルーシィ殿下ただ一人ですから」


 俺ははっきりと言った。

 だいたい、このシャルロッテ殿下に協力する義理はない。元老院派のようなろくでもない連中と絡んでいても、俺は破滅への道を向かうだけだ。


 官房第三部の連中は腐っても帝国のために悪事を行うが、元老たちは私利私欲のために帝国の財を貪り、シャルロッテを担ごうとしている。


 俺がそこに加わっても何のメリットもない。

 それに――俺はルーシィの作る帝国の未来を見たいのだから。


 後ろでがちゃんと音がした。

 振り返ると、ルーシィが可愛らしいピンクの寝巻き姿で、顔を真っ赤にしている。


 そして、はにかんだような笑みを浮かべた。


「クラウス先生……ありがと」





<あとがき>

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