第16話 vs第四帝姫シャルロッテ
結局、俺はルーシィの頼みにイエスと答えた。
つまり、皇女殿下ルーシィと同居することになったわけで。
いろいろと根回しをするのが大変だった……。
それでも、自分が気に入っていたキャラに頼られるというのは悪くない気分だ。
いや、キャラじゃない。目の前にいるルーシィは生身の人間なのだ。
結局、寮のクラウスの部屋はかなり広い部屋が割り当てられた。
なので、部屋も三つある。窓側に寝室が二つ。廊下側に広間が一つ。
玄関から見て左手の部屋をルーシィの部屋に、右手の部屋を俺の部屋にすることで決着を見た。
ルーシィは少し不満そうだったけれど……。まさか同じベッドで寝るつもりだったのだろうか?
ルーシィの部屋にはメイドのエディトもいる。ルーシィは「私一人でも平気!」と言っていたけれど、皇女にお付きなしなんて主張が通るわけもなく。
結局、最古参の侍女エディトが配属されることとなった。
彼女はルーシィと同学年の魔法学校生徒でもある。
そのエディトが俺に話があるという。
ルーシィは疲れてしまったのか、まだ午後十時なのに早々と自室で寝落ちした。しっかり者のようでいて、そういうところは子どもっぽいのも可愛い。
ちなみにエディトもルーシィと同じ寝室で寝ることになるが、少し夜更かしをするつもりらしい。
俺とエディトは広間のテーブルを挟み、椅子に腰掛ける。
エディトはふふっと微笑み、酒瓶を取る。そして、ブランデー、次に紅茶をカップになみなみと注いだ。
「お酒はお好きでしょう、クラウス先生?」
「嫌いではないね。というより、この世で五本の指に入る好物だ」
「五本の指のうち、他の一つはルーシィですか?」
からかうようにエディトは言う。俺は肩をすくめた。
「まあ、そのとおりだ」
「え?」
エディトにとって、俺があっさりと認めたことは意外だったらしい。
俺はにやりと笑う。
「弟子は可愛いものだからね」
「ああ、そういう意味ですか。てっきり女の子として好きなのかと」
「そう答えたら、まずいだろう?」
「それはどうでしょうか? 実は私もクラウス先生と同じなんです」
「ああ、君はルーシィが好きなんだろうね」
「はい。幼い頃からずっと一緒ですから」
聞くところによると、エディトはルーシィの母方の従妹らしい。ルーシィの母が生まれたのは子爵家で、その現当主の娘なのだ。
だから、幼少期からエディトはルーシィのそばに仕えていた。
といっても、同い年だし、その役割はほとんど対等な友人と変わらないようだったけれど。
エリザ・アルトマンのような平民出身の侍女とは立場が違う。
「ちなみに、あたしもお酒が好きなんですよ。そこもクラウス先生と同じです。今年から16歳ですから飲めますし。なかなか高いお酒には手が出せないですけど……」
そう言って、エディトはブランデー入り紅茶を美味しそうに舐めた。
酒に弱いルーシィと対照的に、エディトはお酒に強いようだった。
「それなら、今度、俺がなにか良い酒を買ってこようか。仕事柄、酒場との付き合いも深いし」
官房第三部は要するにスパイの組織であり、泥臭い方法で情報を集めるのが必要となる。その一つが酒場での情報収集活動なわけだ。
「それは嬉しいですね。でも、初めてのプレゼントはルーシィにしてあげてください。じゃないと、ヤキモチ焼いてしまいますから」
「そんなことでヤキモチ焼くほど、ルーシィ殿下は器は小さくないんじゃないか?」
「本当にそう思います?」
俺は考えて、今のルーシィならそのぐらいで嫉妬しそうだとはたしかに思った。
なぜかルーシィはかなりクラウスを気に入っているようだし。
エディトはくすりと笑った。
「ルーシィは普通の女の子なんですよ。真紅の帝姫だとか、学校一の美少女とか、帝国の救世主とか、みんないろいろ言いますけど、本当は弱いところもある、可愛らしい子なんです」
「殿下も16歳の女の子だからな。事実として、それはそうだろう」
「そのとおり。だから、ルーシィには帝国を変えてもらう必要なんてないと思っています。ルーシィには普通の女の子として幸せになってほしいから。素敵な男の人と結婚して、愛してもらって……」
「彼女はそれを望んでいないよ」
「いいえ、ルーシィが心の底で望んでいるのは、そういうことですよ」
「だとしても、ルーシィ殿下を幸せにできるような男はなかなか見つからないだろうな」
「そうでしょうね。ですが、この部屋にいるかもしれません」
「ここには君と俺しかいないね」
「あたしが男だったら、ルーシィを幸せにするのに」
エディトはため息を付いた。そして、ブランデー入り紅茶を飲み干す。
まっすぐに、茶色の瞳が俺を見据える。
「クラウス先生はルーシィを幸せにできますか?」
「俺にできないことはないさ。もちろん、ルーシィ殿下が望む幸せを叶えるよ」
俺自身の破滅。ルーシィの破滅。
そのどちらも回避する。だが、そのためには帝国改革は避けて通れない。
ルーシィが普通の女の子として幸せになる道は選択肢にないのだ。
それに、だ。
「ルーシィ殿下は本気で帝国を変えるつもりさ。なら、俺は臣下としてその王道に尽くす。それが俺にとっても、殿下にとっても幸せなことだよ」
「でも……」
「君は殿下を信じないのか?」
「……そうですね。ルーシィの信じるクラウス先生のことを、今はあたしも信じることにします」
エディトは真面目な表情でうなずいた。この少女は賢く聡明な子だ。いずれルーシィの帝国改革を支えるために必要な人材となる。
エディトというのは原作ゲームにはいない人物だ。モブキャラだったのか、あるいはゲーム開始までに事件に巻き込まれて死亡したのか。
それはわからない。だが、俺の作るルートでは、エディトは単なるモブキャラにとどまってもらっては困る。
俺の切り開く道の、ルーシィの進む道の大事な主役の一人だ。
ちょうどそのとき、ドアベルがけたたましく鳴る。
「こんな時間に訪問するなんて……まるで秘密警察ですね」
「それは俺の得意分野だな」
言いながら、俺は立ち上がる。ルーシィの立場は微妙だ。
もしかしたら危険人物かもしれない。
だが、その心配はなかった。
扉を開けると、そこにいたのは、豪華な純白のドレスを着た少女だった。
金髪碧眼の絶世の美少女だが、目つきがするどい。
彼女はじろりと俺を睨む。
「あと少しで取り返しのつかない不祥事になるところでした」
「私は公明正大に生きていますよ、シャルロッテ殿下」
第四帝姫シャルロッテが、そこにはいた。
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