第15話

「さっきも説明しましたけど、私と一緒の部屋に住むのは問題がありすぎます。それとも、ルーシィ殿下は年上の男と同居したい淫乱皇女なんですか?」


「わ、私は淫乱じゃない! しょ、処女だし……。っ……何言わせているのよ!?」


「自分で言い出したことの責任を私のせいにされましても……」


「そもそも皇族に不敬よ!?」


「皇族は婚約者でもない男と同居しないんです」


「なら、婚約者になればいいの?」


 ルーシィは言ってから、顔を赤くする。俺のベッドの上に座ったまま、そんなことを言われると困ってしまう。

 この勢いだと本気でルーシィは俺の婚約者になるとか言いかねない。


 俺は慌てて、ルーシィを止める。


「だいたい、どうして私と同じ部屋に住もうとするんです? 単に弟子だからではないでしょう?」


 ルーシィは口ごもる。

 代わりにエディトがにこにこしながら、口を挟む。


「それはもちろん、ルーシィがクラウス先生を大好きだからに決まっているじゃないですか」


「え、エディト!?」


「ほらほら、正直にならないとクラウス先生も愛想を尽かしちゃうよ」


「で、でも……」


 ルーシィは俺をちらちらと見て、そして決心したようにベッドから立ち上がった。

 告白でもされるのか、と俺は一瞬どきりとする。


 だが――。


「怖いから」


「え?」


「こないだだって、自由革命党に襲われたでしょう? 私を守ってくれる人がほしいの」


「ルーシィ殿下は皇女なのですから、みんなが守ってくれますよ」


「嘘。実際には誰も守ってくれないわ。私は変わり者の第五皇女で、皇宮でも異端児扱いだもの」


 ルーシィは先進的な考えで、帝国を変えようとしている。だが、母親の身分は高くないし、容姿も美しいけれど赤髪赤目は帝国では不吉とされている。


 だから、ルーシィは政府の改革派や庶民から人気が高い反面、一部の皇族や政府高官からは反感を買っている。


 その筆頭が帝国を牛耳る保守派の元老院であり、またその派閥に属する第四帝姫シャルロッテたちだ。


「皇宮も安全だとは言えないわ」


「そんなことは……」


 ない、とは言い切れなかった。原作ゲームのルートによっては、ルーシィは政府から反逆者として捕らえられ処刑されたり、他の帝姫に毒殺されることもある。


 そのうえ、ルーシィは自由革命党などの反帝政派からも身柄を狙われている。

 彼女の立場はかなり不安定で、破滅すれすれのところにいる。


 だからこそ、原作ゲームでは主人公がどんな行動をとっても、彼女を救えなかったのだ。

 その彼女が見出した、最も安全な場所。


 それが魔法学校教授にして皇帝官房第三部前部長の俺のそばだということだ。

 たしかに合理的な判断かもしれない。俺なら彼女を守れる。


 いつも彼女のそばにいれば、もしかしたら彼女を襲う破滅もすべて排除できるかもしれない。

 ルーシィは俺をまっすぐに見つめる。


「あなたなら、私を守れる。だって、あなたは最強だもの」


「そうですね。たしかに私は誰にも負けるつもりはありません」


「そうでしょう?」


 ルーシィはぱっと顔を輝かせる。まるでその笑顔は俺を信じ切っているようだ。

 だけど。


「エリザ・アルトマンの件はどうしたんです? あなたの友人を私の皇帝官房第三部が捕らえているんですよ」


「ああ、それは……ごめんなさい。もういいの」


「え?」


「あの子は私を裏切っていた可能性が高いから」


 ルーシィによると、エリザしか知らないルーシィの秘密が自由革命党に漏洩していたらしい。

 俺の心配通りだったわけだ。


「クラウス先生には怒っちゃって悪いことをしたわ。やっぱり、あなたが正しかったのね」


「いえ、私はたしかに陰湿な秘密警察の人間ですよ。私も殿下を裏切ったらどうします? もしかしたら私は殿下を元老院に売り渡すかもしれない。あるいは本当に殿下を女性として襲ってしまうかもしれない。その危険は考えていますか?」


「大丈夫。私はあなたを信じるから。あなたは私の帝国改革に協力すると言ってくれた」


「根拠がない信頼は、愚かな行為ですよ」


 ルーシィはふふっと笑って、首を横にふる。


「違うわ。根拠がないから信頼は尊いものなのでしょう? 絶対に裏切られない信頼なんて、この世には存在しないわ。でも、裏切られるかもしれないからこそ、信じるということに価値がある。違う?」


「たとえその信頼が裏切られ、殿下に悲惨な未来が待っていたとしても?」


 ルーシィは常にゲームでは高潔であり、勇気のある正義の味方だった。17歳の少女――今は16歳――として、考えうるかぎり、最善の選択を続けた。そして、学校の友人を、帝国を、主人公たちを信じて戦ったのだ。


 でも、その結果は常に敗北だった。どのルートでも、ルーシィは惨めに死ぬ。あるルートでは娼館に売り飛ばされ、衰弱死すると語られている。そのとき、ルーシィはどんな表情をしていたのだろう?


 ルーシィが俺の内心を覗き込むように言う。


「それに、私のあなたへの信頼には根拠があるの。あなたが私に悲惨な未来をもたらさないようにしてくれれば、問題ないわ」


「私に未来を変えるような力は……ないかもしれません。私はただの役人ですから」


 そう。俺は主人公ではない。脇役ですらなく、悪の権化だ。

 破滅する運命を背負った人間なのだ。そうであれば、ルーシィと一緒にいることで、破滅に巻き込む可能性すらある。


 けれど、ルーシィはくすりと笑った。


「それを言ったら、私もただの皇女よ。でも、私は帝国を変えるつもり。あなたは?」


「……微力ながら、殿下のために力を尽くしましょう」


「なら、今日がその最初の一歩ね。私と一緒に暮らしてくれる?」





<あとがき>

修行編、そして新たな帝姫が登場……!?


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