第36話 自分の生き方

 フィロール王国の首都であるドラグニルは国のほぼ中心に位置し、国の至る所からあらゆる物が集まる交易都市である。


 都市の中心に位置し城の正門前に位置するセントラル広場は国中から集まった商人達が開く露天が並びいつも人で賑わいを見せ活気に溢れている。


 その一角にある初代守護竜と巫女をかたどったと言われる銅像の前で、メイドの仕事として城下町へ買い出しに出ていたルリルは購入した荷物を脇に置いて一人立ち尽くしていた。


 一緒に買い出しをしていたセリスから、ここで待っている様に言われてそろそろ十分ほどになる。まだ何か買う物があるとの事だったが、いったいいつまで待てばいいのか。


 広場で賑わう人々は余程ダークエルフが珍しいようで、皆ルリルへ好奇の視線を無遠慮に向けてくる。


 時折あからさまな嫌悪感を籠めた視線を向ける者もいたが、これでも帝国にいた頃よりは大分マシな方だ。


 帝国にいた頃はただそこにいるだけで石やゴミを投げつけられ、罵倒を浴びせられる事なんて珍しくもなかった。それに比べればこの程度ものの数にも入りはしない。


 とは言えチラチラと他人に見られる事はやっぱり気分が良いものでもなく、いつまでも戻ってこないセリスに対して苛立ちを募らせていると。


「んん?」


 広場を行き交う人々の中で一人だけ、他とはあからさまに違う意図を持った視線をルリルに向ける者がいた。


 外套のフードを目深に被ったそいつは、ルリルが視線に気が付くとスッと大通りから外れた小道へと身を隠す。


 こっちに来い。まるでそう言っている様な動きだった。


 ルリルは素早く視線を走らせて周囲を確認した後、脇に置いていた荷物を持って例のヤツが隠れた小道へと向かう。


 小道と言うよりは建物と建物の隙間と言った方が正確そうなその場所には思ったとおりさっきのフードがルリルの事を待っていた。


「ひひっ、お前が城でメイドをしてるって聞いたときはそんな分けないだろうと思たっが、まさか本当だったなんてな」


 そいつがフードを外すと、やせ細り背中の丸まった骸骨の様な男が姿を見せる。


 ルリルはその男に見覚えがあった。前にいた盗賊団の一員で、よく頭目だった大男の側に腰巾着の様に引っ付いていたやつだ。


 盗賊団にいた人間の顔なんて覚える気も無かったが、男のカンに触る独特の引き笑いは嫌でも印象に残る。


「その恰好よく似合ってるぜ。ひ、ひひっ」


「なに? あんたルリルの事を笑いに来たっての?」


「ひぃっ」


 ルリルが不機嫌に一睨みくれてやると男は怯えた顔ですくみ上がる。


 最近は随分とご無沙汰だったその反応に、ルリルは自身の優越感を存分に満たして上機嫌になるが、舐められても困るので表情には出さないように努めた。


「それでぇ? あんたはここに何しに来たわけ? 偶々通り掛かったって訳じゃないんでしょ?」


「ひ、ひひっ。あ、ああ、俺はひひっ、あんたに仕事の話しを持ってきのさ」


「仕事?」


 聞き返してはみるが、男の言う仕事の内容には大方見当がついた。男は盗賊、それが城に勤めるメイドであるルリルに声を掛けてきたのだから、その目的は押して知るべしだ。


 その事を察しているのだろう、皆まで言わず男は本題に入る。


「なぁあにあんたはただ、ひひっ、裏口の鍵を閉め忘れてくれるだけでいいのさ、ひひっ、簡単だろう?」


「そうね。でも門番はどうする気? 仮に城に入れた所で、あんた達みたいなざこに城の衛兵をどうにかすることが出来るとは思えないけど」


 この前は領主であるクロイゲンの手引きと、ルリルの魔導で気配を消すことが出来たからあっさり事を運べたが今回は違う。


 ルリルがいない今、所詮はただの盗賊でしかない連中に鍛えられた衛兵相手に大立ち回りが出来るほどの実力があるわけもない。


 だからどうせ今回も自分の魔導を当てにしているのだろうとルリルは思っていたが。


「そこは心配ご無用。その辺りの手筈は、ひひっ、こっちに任せてくれれば良い、あんたにゃ迷惑掛けねぇよ」


「ふーん、手筈って? あんた達に城の警備をどうこうできるようなツテがあるなんて、思えないけど」


「そこは企業秘密ってやつでさぁ、ひひっ、悪いが、いくらあんたでも言う訳にはいかねぇなぁ。事が上手くいった暁には話してもいいんですがねぇ、ひひっ、どうしやす?」


 男の問いかけにルリルは思考を巡らせる。


 正直言って、こいつらがどこで何をしてどうなろうとルリルにとってはどうでもいいことだった。


 ただもしこいつらに協力してそれがバレれば今度こそ自分は牢獄行きだろう、男の言う手筈とやらも当てに出来た者じゃない、冷静に考えればルリルがこの話に乗るメリットは薄い。


 だが。


「詳しくは知らねぇが、ひひっ、あんただって好き好んでメイドなんてやらされてる訳じゃねぇんだろ?」


 その言葉に、ルリルの瞳が僅かに揺れる。


「人の顔色伺いながら、御上の連中に良いように使われるなんてそんなの、ひひっ、あんたの生き方かたじゃぁねぇ、そうだろう?」


 そうだ、こんなの自分の生き方じゃない。


 他者から奪い踏みつけ見下ろして、それが自分の生き方だったはずだ。それなのに守護竜に負けて捕まった挙げ句、無理矢理メイドにされて働かされて、コレじゃあ、と一緒じゃないのか。


 母のようにはならない。媚びへつらい他者から搾取され続けるそんな惨めな生き方だけはするものかとそう思ってきた、屈辱の中生きるくらいならいっその事、罪人として牢に入れられた方がマシだ。


「あいつらに、目に物見せてやろうぜ、なぁ。ひひっ」


 男が口にした、まるで悪魔の囁きのようなその一言。


 揺れていた瞳は定まり、ルリルは相変わらず耳障りの悪い引き笑いをしている男へ視線を向けた。

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