第7話 あばよお姫様
アナスタシア達との謁見が終わるとその日はそのまま就寝の時間になった。
セリスを初めとした使用人に寝間着へ着替えさせられ、就寝の準備を済ませたお姫様に連れられて寝室へと向かう。
正直スク水のときみたいに何か妙な恰好でもしてくるんじゃないかと身構えていたが別にそんなことは無く、姫様の着る寝間着はいかにも高級そうなネグリジェだった。
寝る前の準備として例の如くお姫様は歯磨きやらなんやらの世話を焼こうとするが、俺はその全てを突っぱねた後、寝室に入るなりお姫様は当たり前のように同じベットに潜り込み現在に至る。
「そんなに恥ずかしがらなくてもよろしいですのに」
「恥ずかしがってる訳じゃねぇ! なんで俺があんたと、添い寝なんて軟派なことをしなきゃいけねぇんだよ!」
「守護竜様と同じ床に就きお休みの為の歌を歌うのが」
「代々伝わる仕来りだってか? 本当か? 本当にそうなのか!」
「……まさか、巫女である私が守護竜様に嘘つくあろうはずがございません」
「今の間は何だ! あと目を合わせろ目を!」
いよいよ疑わしく思えてきたが、なんにせよこれまではなんとなくの流されたり俺にも利があったからなんやかんや言うことを聞いていたが、今回はそうはいかない。
添い寝なんてこっぱずかしい事まで付き合ってやる義理は無い。
「とにかく添い寝なんてそんな軟派なこと付き合ってやれるか。俺は一人で寝かせてもらうからな」
「どうしてもでございますか?」
「どうしてもだ!」
「……わかりました。そういうことでしたら、守護竜様がこちらのベットをお使い下さい、私はどこか別の場所で眠らせていただきます」
「あ?」
お姫様からの思ってもいなかった提案に俺の口から思わず疑問の声が漏れる。
「それはあんたの為のベットだろうが、だったらあんたが使えばいいだろうが。俺は別にその辺の床にでも適当に寝られりゃ」
「いけませんっ」
お姫様が眉根を寄せてぴしゃりと俺の事を咎めた。
「床になんて寝てお体を壊されたりしたらどうするのですか」
「んな大げさな」
「いいえ、そんなことはありません。とにかく床に寝るなんてそんなお行儀の悪いことは許しません。そんなことをさせるくらいでしたら私が床に寝かせてもらいます」
また面倒なことを言い出しやがってと頭を抱えたくなる。とは言えお姫様の意思は堅そうで、こうなっては本当に床で寝かねない。
別にこいつがどこで寝ようが構いやしないが、ただ本来持ち主を押しのけて自分がベットで眠るというのは文字通り寝覚めが悪い……。
「……わかった、ベッドには一緒に寝てやる。それでいいか?」
長い葛藤の末、俺がため息交じりにそう言ってやるとお姫様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ただし! 鬱陶しい子守歌は無しだ、いいな!」
「えっ! ……わ、分かりました、我慢致します」
なんで子守歌をしないってだけでそこまで断腸の思いみたいな顔が出来るのか俺には理解できなかったが、何はともあれ話はまとまりようやく眠りにつくことが出来そうだ。
人間だった頃とは違うこの体でどう横になったものかベット上で考えて、結局猫のように丸まった体制が一番楽だったんでその体制で目を閉じる。
そんな俺の側で、お姫様がそっと寄り添うように横になった気配がしたかと思うと、石鹸の匂いだろうかふんわりと心が安らぐような優しい匂いがした。
寝室の明かりが消され、辺りが暗闇に包まれる。
「お休みなさいませ守護竜様」
お姫様が耳元で囁くようにそう言ったが俺は無視をした。
相変わらずの扱いは気に入らなかったが、まぁそれも今だけだと多めに見てやることにした。
夜が更けて隣から寝息が聞こえて来たタイミングを見計らって、俺はお姫様の腕から抜け出しベットから飛び降りる。
お姫様の様子を窺うが目覚めた様子はない。
俺はずっと自由になれるこの時を待っていた。
状況把握の為にも、仕方なく一緒に行動してやったがそれもここまでだ。
守護竜だなんだと担ぎ上げられはしたが、はっきりいってそんなものまっぴらごめんだ。
頼んでもいないのに転生させられた挙句、そんなわけの分からんものを背負わされてたまるものか。
俺は意識を集中させると体がふわりと宙に浮かび上がった。
夕食の時ナイフとフォークにしたのと同じ、魔導を使って、自分の体を浮かび上がらせたのだ。
その場で軽く旋回してみて飛行感を確かめてみるが特に問題は感じない、これならこのちっちゃい手足で歩くよりもずっと早く静かに移動することが出来そうだ。
部屋の明かりは消されていたが、瞳の仕組みが人間とは違うのか暗闇の中でも問題なく辺りを見ることが出来るし、小さくていったい何の役に立つんだと思っていた背中の翼も飛んでいる時の姿勢制御に以外と便利だ。
最初こんな体にされたときはどうなるかと思ったが、思ったよりもこの体は便利なのかもしれない。
俺は体を浮かせたまま寝室の出入り口へと向かおうとするが、その時視界の隅に誰かがいたような気がして俺は咄嗟に身構えて気配のした方へ視線を向けるが、そこにはの一枚の絵があるだけだった。
なんだよ驚かせやがってと安堵の息が漏れる。寝室に入ったときはバタバタしていて特に気に掛けてなかったが、その絵には二人の人物が描かれている。
一人は品よく椅子に座って笑みを浮かべているお姫様、もう一人はそんな彼女の肩に手を置きながら傍らに立つ男。
その男を俺は知らなかったがそれが誰なのか直ぐに察しはついた。
さっきの謁見で話しに上がっていたこの国の先代国王。アナスタシアの兄であり、そしてお姫様の旦那。
男にしては線の細い優男然としたそいつは、まるでおとぎ話に出てくる王子様の様で、きっと温和で優しい自分物だったのだろうと絵を見るだけで察せられた。
まぁ、だからなんだって訳でも無い。
先代の国王がどんな奴だったかなんて今の俺には全く関係のない話しだ。
俺は出入り口の扉をそっと開きもう一度だけお姫様の様子を窺うが、やっぱり目を覚ました様子は無い。
「あばよ、お姫様」
最後にそう言い残し俺は一人寝室を後にした。
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