第8話 決意の瞳で星空を見上げて

 お姫様が眠る寝室を抜け出した俺はとりあず城の外に出られる場所を探す為、夜の城を飛び回った。


 しばらく彷徨ってしばらくしてようやく城の外へと繋がる小窓を発見する、思いのほか手間取ってしまったがようやくこれで脱出できる。


 俺は早速、外に出ようとするが廊下の奥から人の話し声が聞こえてきた。


 出て行くところを見られると面倒な事になるかもしれない。


 ここはいったんどっかに隠れてやり過ごそうと、俺は声の聞こえる廊下から脇道に逸れ息を殺し身を隠した。


 廊下の奥からやってくる誰かが近づいてくるにつれて、その会話の内容もはっきりと聞こえるよになる。


「あーあまったく、夜勤の見回りなんてさ。ていうか城の見回りなんて兵士の仕事でしょう? なんでわたし達が」


「兵士さん達には門番とか宝物庫の警備とか他に仕事があるの。いい加減割り切りなさいな、お仕事お仕事」


 廊下の向こうからやって来たのは、ランプを持って何やら喋りながら歩いてくる二人のメイドだった。


「まぁ、なんにしても守護竜様がお生まれになって良かったじゃない、一時期はどうなるかと思ったけど」


「本当にね。あーあ、まだお祭りやってるのかな? 私も行きたかったなー」


「またあんたって娘はそんなこと言って、間違ってお姉様の耳に入ろうものならまた説教されるよ」


 その時メイド達が、話しをしながら例の小窓の前で足を止めた。


 おい! そこにいられたら俺が外に出られねぇだろうが、さっさとどっか行け。


 そう口には出さずに文句を言うが、口に出していないものが聞こえる訳も無く、立ち止まったメイドは何やら立ち話に花を咲かせ始めてしまった。


「まぁでも今日はクロイゲン様のお会いできたしそれだけは役得だったかなぁ。ああ、どうにかお近づきになれないものか」


「できるわけないでしょうが、馬鹿だねあんたは」


「別にいいじゃない夢を見るくらい。それにしても女王様はどうして再婚なされないのかしら、もうクロイゲン様の方からは何度もアプローチされてるって話しなのに」


「そりゃ王がご逝去されてまだ一月ちょっとしか経ってないんだし、そう言う気分にれないってだけじゃないの?」


「あー確かに、王様もイケメンだったしねぇそりゃ忘れられないか」


「あんたは男を顔でしか見てないのか?」


「何を言う、家柄だって大事よ」


「あんなたねぇ」


「でもさぁ、旦那様の王様が亡くなられたと思ったら、立て続けに先代女王様まで。あんまりに突然にご逝去されたもんだから、今の女王様が毒を盛ったんじゃないかって」


「ちょっとなんてこと言うの! そんなことあるわけが無いじゃない」


「噂よ噂、私だってあの人がそんなことするなんて思えないもん。ただそんな噂が流れちゃうのもしょうがない状況だって話し、巫女としての継承もまだ途中だったって言うしなーんか頼りないっていうか? それにほら噂てっいえば女王様って昔」


「その辺にしときな、それ以上は説教だけじゃすまなくなるよ」


「はーい、わかりましたよー」


「まったく。なんであれ今はあの方がこの国の女王なんだ、わたし達はあの方が上手いこと国を治めてくれる事を期待するしかないんだよ。ホラいい加減仕事に戻るよ」


 立ち止まっていたメイドがようやく歩き出し、小窓から人の姿がなくなった。


 念のため少しの間様子を見て、完全に人の気配がなくなったタイミングを見計らって俺は小窓へ向かう。


 全くクソどうでもいい話を長々としやがって。胸の内で悪態をつきながら何気なく外を覗き込んだその時、俺は思わず息をのんだ。


 元の世界にいた頃には見たことがないような星空が、窓の向こうには広がっていた。


 元の世界では地上の光にかき消される星が空一面を覆うその景色に俺の口から無意識にため息が漏れる。あまりに綺麗なその景色に俺は思わずその場で見とれてしまった。


 ここからあの星空へ飛び出せば俺は晴れて自由の身になれる。 


 守護竜だなんだと訳の分からない物を背負わされる事からも、あの鬱陶しいお姫様からも解放される。


 思わぬサプライズに胸を躍らせながら夜空へと向かって飛び立とうとしたその時、不意にある懸念が頭をよぎる。


 もしこのまま俺が出て行ったらあのお姫様はいったいどうなるのだろう。


 転生したばかりとは言え、守護竜の存在がこの国で大きな存在であることは俺でもなんとなく分かる。


 そんな守護竜が姿を消してしまったら、あのお姫様はいったいどうなってしまうのか……。


 ついさっき、メイド達がしていた話を思い出す。


 あのお姫様が女王の座を継いだはいいが立場としては微妙なようだった。詳しい事情までは分からないが、あのクロイゲンとかいう野郎がお姫様をナメ腐っていたのもその辺に原因があるんだろう。


 女王として国中からの期待を背負わされるのはどれだけの重圧だろうか?


 お姫様に撫でられた時の手の感触を思い出す、優しげな表情で俺を見る笑顔が浮かぶ。どうでもいいようなことでもいちいち俺の事を褒めて喜んで……そういえば、人にまともに褒められるのなんていつ以来だっただろうか。

 

『お前ならこの程度のことができない筈がない、俺たちの期待を裏切るなよ』


『あなたなら絶対にできる、私達はあなたに期待しているのよ?』


『やる気をだせ、お前はこの程度ではない、もっとできるはずだ』


『どうして、どうして私達の期待に答えてくれないの?』


 ……うるせぇ、勝手な事をほざくんじゃねぇ。


 心の奥から湧いてきた、過去の忌々しい言葉を俺は頭を振って振り払う。


「てか、どうでも良いだろうがそんなもん!」


 うだうだと考えていた自分を叱責する。


 望んだ訳でも無いのにこんな姿で転生させられて、守護竜様、守護竜様と勝手に祭り上げられて、そんな面倒事としか思えないものを背負ってやる義理がいったいどこにある。


 お姫様やこの国の事なんて俺にはなんの関係もないし、知ったこっちゃない。


 もう人から勝手な期待を押しつけられるのはうんざりだ。俺は好き勝手やらせてもらう!


 そうして俺は決意の籠もった目で夜空を睨み付け、魔導でその体をふわりと浮かび上がらせた。




 異世界に生まれ変わって初めての朝。


 閉じたまぶたの向こうから俺は朝日を感じて目を覚ました。


「おはようございます。守護竜様」


 耳元で優しく囁く声。


 ゆっくりと目を開けていくと、鼻が付きそうな程近くで幸せそうに俺を見つめるお姫様の顔があった。

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