第41話 見参
早朝の裏口前。
それがあの時、盗賊団の男と示し合わせ落ち合うことになっている場所だ。手筈はこっちに任せてくれれば良い、男はそう言っていた。
指定された時間にルリルが城の裏門へ向かってみれば普段はそこにいるはずの見張りの姿が今日に限って何所にもない。
どんな手を使ったのかは知らないがあの男が言っていたことに嘘はなかったと言うことだろう。
内側から扉を開き外の様子を窺うと、フードを目深に被ったこの前の男が約束した通りそこで待っていた。
「ヒヒッ、お久しぶりでやすねぇ、ヒヒッ」
相変わらず耳障りの悪い引き笑いをしながら男が周囲に手招きするような素振りを見せると、周囲の物陰からぞろぞろ柄の悪い男共が姿を見せる。
その中の一人、一際大柄でガタイの良い鼻の曲がった大男が、ルリルの目の前に歩み寄る。
「ルリルぅ、元気にしてたかよ? その恰好よく似合ってるぜぇ、なあ?」
大男が同意を求めると、周囲の盗賊連中がの下品に笑いながら同意する。
その男は盗賊の頭目をしていた男で、ルリルに実質的な頭目の座を奪われて以降彼女に敵意を向けことある後に歯向かっては返り討ちにあっていた。
「そっちこそ元気そうじゃないブタさん。まだ生きてたんだ?」
ルリルの挑発に男は明らかに不機嫌表情を浮かべるが余裕のつまりか歪んだ笑み作る。
「相変わらず腹立つガキだな。まぁいい、おらどけよ、鍵が開けたならお前の仕事はもうおしまいだろうが。後は俺達でやっとくからよ」
現状扉の前に立ちふさがる様な形になっているルリルに対して大男はそう言った。
ルリルが鍵を開けそこからから盗賊団が侵入し中で盗みを働く、そう言う手筈になっていた、でも――。
ガチャリ。
ルリルはこっそり持ち出していた鍵で後ろ手に扉の鍵を閉めた。
「……どう言うつもりだ?」
「べっつにぃ。ルリル別にあんた達に協力するなんて一言も言ってないしぃ」
「ああ? 聞いてた話しと違うじゃねぇか」
「考えとくとは言ってたかもしれない、でも気が変わったの。ごめんねぇ期待させちゃってぇ」
人に媚びず靡かず縛られず、押しつぶし、奪い、跪かせて屈服させる、そうやって生きてきた。
これまでの自分の生き方、自分のプライド、それを守るためなら罪人として牢獄に入れられようがどうでも良い、そうルリルは思っていた。
実際今の今まで、手筈通りにこいつらを城に招き入れてやるつもりだった。
でもやっぱり気が変わった。
別にセリスや守護竜達の言葉ににほだされた訳じゃない、ただこいつらの巻き添えで牢に入れられるのが馬鹿馬鹿しくなった、ただそれだけ。
「そう言うわけだからぁ、さっさと帰ってくれない? 特別に今回は大目に見て上げるから」
「……ああそうだな、そういうことならさっさと帰ることにするさ……ただし」
不意に男が拳を振り上げ。
「おめぇをぶちのめしたらなぁ!」
よこ薙ぎに振るわれた拳がルリルの頬を叩くと、体格差もありルリルの体は宙に浮きなすすべもなくその場に倒れ伏した。
「へっ、いいザマだなぁルリル、ん~~」
「や、やばいんじゃねぇですか親分」
下卑た笑みを浮かべながらルリルを見下ろす大男を周りの盗賊連中の方が動揺するが、男は笑みを深くする。
「なに心配するこたぁねえよ。どうせこいつは魔導を使えねぇんだからよ」
守護竜とアンヌにしか知られていないはずの魔力の制限、どうしてその事を知っているのかと問い質したくなる気持ちを抑えてルリルは立ち上がり、動揺を悟られないように不敵に笑う。
「またそんなに調子に乗っちゃってさぁ。せっかくルリルが見逃して上げるって言ってるのに」
「はったりかましてんじゃねぇ。テメェのことはよぉ~く知ってる、だから分かんのさ。あのお前がなんの縛りもなくメイドなんて大人しくやってる分けがねぇ、何よりっ!」
振り上げられた拳にもう一度殴られる。
「こうして殴られてもやり返して来ねぇのが何よりの証拠だろうが!」
再び地面に倒れ伏すルリル、口の中で土と鉄の味がする、どうやら口の中を切ったらしい。
口の中で滲む血を飲み下しどうにか立ち上がろうとするルリルだったが、それよりも早く大男が彼女の髪を引っ掴み無理矢理引き起こす。
「っ、くあぅ」
痛みで思わずルリルの口から苦悶の声が漏れるが、それを聞いた大男はゲラゲラと愉快そうに笑う。
「所詮魔導が使えなきゃテメェも薄汚ぇダークエルフのガキって訳だ。それなのに今更善人振りやがって、なんだ城の連中に優しくでもされたか?」
そうだ、なら良いこと教えてやるよ。そう言って大男はルリルの耳元へと顔を寄せ、ノイズのような耳障りな声で囁く。
「今回の仕事な、城の中のもんなんて端っからどうでもよかったんだよ。俺達が城で盗みを働きその責任全てをお前におっかぶせる、そうするように頼まれたんだよ。分かるか? お前は売られたんだよ、城の連中に! 城の中でなに言われて絆されたのか知らねぇが、ダークエルフなんていう呪われた種族を受け入れる場所なんてあるわけねえだろブゥワーカッ! アヒャヒャヒャ!」
大男が不快な笑い声を上げて、それに同調する様に周りの盗賊達も笑う。
――うるさい。
ルリルは血の滲む口で詠唱を紡ぐ。もう制限がどうとかそんなことはどうでも良い、目の前のこいつらに痛い目を合わせられるならそれでよかった。
しかし詠唱を唱え終えるよりも早く、大男の右手がルリルの喉を締め上げる。
「おっと、まぁ念のためってやつだ。いくらお前でもこうしちまえばもうどうにも出来ないだろう」
「んぐ……つぅ、くぁ……」
息が出来ない、苦しい。
首を絞める手をどうにか引きはがそうとするが、力で敵うわけもない。
爪で引っ搔こうがなにをしようが男の手はルリルの細い首を離すことはなく、徐々にその力強くしていく。
「にしても気分が良いぜ、ずっとテメェのことをこうしてやりてぇと思ってたんだ。そうだ、お前謝れ、ダークエルフの分際で今まで偉そうなこと言ってごめんなさい、許して下さいってよ。そうすりゅりゃ俺の気も変わるかもしんねぇぞ」
今までの意趣返しのつもりか、そう言って男がまた不快になるような笑い声を上げる。
謝ったところで男がルリルのことを許すことがないことは分かりきっている、しかし喉を絞められ息の出来ないこの状態は耐えがたいほど苦痛だった。
「――」
ルリルが何か言葉を口にするが、その声はあまりにも小さくまともに聞こえる様な者ではない。
「ああ? なんだ、聞こえねぇぞ?」
か細い俺の声を聞くために、大男ががルリルに顔を寄せる。
ぺっ!
ルリルは大男の寄せられた顔、その頬に向かって血の混じった赤い唾を吐き付けニヤリと不敵に笑う。
「調子…に……乗ら……ないでよね、ざぁ~……こ……」
「こっの、クソガキがぁ!」
大男の開いていた左手までもが首に宛がわれ両の手でより首を強く締められる。
「うっ……かっ……っああ……」
意識が遠のき死が間近に迫っている事を肌で感じる。
「安心しろ、殺しやしねぇ。気ぃ失ったら連れ帰って、たっぷり可愛がってやる」
そう言いながらも首を締め上げる手の力は弱まる気配はなく、遠くなる意識の中でルリルはぼんやりと考える。
仮にこの場を生き残ったところで、この男達になにをされるのか、考えるだけでもおぞましい。
全て自業自得そう言われてしまえばそれまでだ、それだけのことをしてきたという自覚もある。
それでも悔しかった。男達になにも出来ず良いようにされることが、悔しくて悔しくて、そして怖かった。
こんなことを思いたくなんてない、ルリルのプライドがそれを許さない。ただどれだけ悔しくて屈辱的でも弱い少女の心が声にならない声を上げる。
助けて……誰か……。
心の中で呟かれた助けを呼ぶ声。
それを表すようにルリルの瞳から涙が一筋頬を伝うが、しかし声にもならないその願いに応える者などいるはずもない。
絶望の中でとうとうルリルの意識の糸がその手から零れそうになった、その時。
「よう、助けにきたぞ」
答える者がいるはずのない声に、答える声が聞こえた。
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