第25話 空からの使者
北のデイン帝国から入国を求める書状が届き、姫さんを初めとした城の連中は皆困惑していた。
女王誘拐事件の関与が疑われてから王国側も帝国に説明要求はしていたらしいが、どうせ知らぬ存ぜぬの一点張りで無視を決め込んでくるだろうと誰もが思っていたからだ。
そんな中での帝国から入国の打診。当然警戒はあったが確たる証拠もない今強硬な態度とる訳にもいかず姫さんはそれを承諾。
そして今日、デイン帝国からの使者がこの城にやってくる事になっていたんだが。
「国境を越えた形跡がない?」
「ええ、そうなのです」
いつものように俺を胸に抱く、姫さんが困惑した声でそう答えた。
「ここ数日、それらしき人物が国境を通過したという報告はクルーゲル領からもフェルム領からも上がっていなくて」
俺には正直よく分からないが、デイン帝国との国境からフィロール王国の首都ドラグニルまで移動するには一週間程は掛かるもんらしい。
それなのに約束の日である今日まで、デイン帝国の使者らしき人物が国境を超えた形跡がないって言うのはどう考えてもおかしい。
「いったいどうしたのでしょう? 何か事故や事件に巻き込まれていなければ良いのですが」
「さぁ? ただ単に向こうの連中がぶっちしたってだけなんじゃねえの?」
「ぶっち?」
姫さんが不思議そうに首をかしげる、普段あんまりにも違和感なく会話できるもんだから忘れそうになるが、俺が元いた世界の言葉がなんでもかんでも通じるというわけでもなく、時たまこういうことがある。
「約束を破ったってこと」
「なるほど、それも守護竜様の世界で使われる言葉なのですね、後で秘書官に記録してもらいましょう」
「は? いやいや! そんな大袈裟なことするほど大した言葉じゃねぇよ、忘れろ忘れろ」
まったく、うっかり口にしたことがどう後世に伝えられるか分かったもんじゃない。案外こっちの世界に残ってるみょうちきりんな伝承や決まり事もこうやってこっちの世界に定着していったものなのかもしれない。
「てかそんなどうでも良いことは置いといて。別に良いじゃねぇか来ないなら来ないでよ」
心配する姫さんに俺はそう、気のない返事を返す。
元々何か物騒な噂が耐えない連中のようだったし、実際あの書状だって胡散臭いもんだった。
今更約束を反故にしてきたところで、おかしくないようにも思えたが。
「いえ、書状の上でとは言え国同士の約束はそうたやすく反故にできるものではありません。それに万に一つでもなにかあれば帝国との争いに発展する事もあり得ます、それだけはなんとしても避けなければなりません」
いつになく真面目な顔でそう話す姫さん、政治だ外交だなんてのは正直よく分からんが、事は俺が思っているよりもやばい状態なのかもしれない。
そうやってなんとなく俺も深刻な気分になってきたそんな時、謁見室の扉がノックされると扉を開けてセリスが姿を見せる。
「失礼します。先程フェリス領の関所より連絡がありました。なんでも帝国側から言づてを預かったと」
「分かりました、帝国はなんと」
「はい、期日どおり今直ぐにそちらへ向かうため、憂慮する必用はなし。との事で」
セリスがいつも通り顔色一つ変えずに淡々と報告したその内容を聞いて、姫さんが困惑する気配を感じる。それもそのはずで何度も言うように帝国からここまでは早くても数日はかかる。
それなのに今すぐにこちらに向かうとはいったいどういう意味なのか。
謎の伝言の意味を俺たちが呑み込むよりも早く一人の兵が謁見室へと慌てた様子で飛び込んできた。
「ご報告致します、たった今帝国からの使者を名乗る者が城への入場許可を求めております」
その報告に困惑の空気が加速する。
セリスが帝国側からの言づてを受けたのはついさっきの事だ、幾ら何でもこんなに早く到着する訳がない、いったいどういうことなのか?
「それで? その帝国からの使者は今どちらに?」
「いえそれが……」
疑問が尽きない中、姫さんが聞き返すと兵はどう答えた者か困惑した様子を見せながらゆっくりと指を上に向けて。
「そ、空に」
一言そう言った。
その言葉に益々混乱しそうになるが、とりあえず姫さんは帝国使者の入場を許可することを言いつけ、それを受けた兵が慌てた様子で戻っていく。
その後を追うような形で俺達も正門へすでに到着しているという使者を出迎えに行くことになり、正門から中庭へ出た瞬間、頭上から何かの影が差した。
いったいなにかと空を見上げると、巨大な翼を広げた何かが空を舞っていた。
最初はでかい鳥かなにかかと思ったが、直ぐに違うと分かる。漆黒の鱗に覆われた体に、爪と牙。それは間違いなく俺と同じ竜の姿だった。
「申し訳ありません、少々驚かせてしまったでしょうか?」
漆黒の竜が巨大な翼を羽ばたかせながら俺達にそう語りかけてきた。
―――あとがき――
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