第20話 女王の御前

 地下牢でこいつらがしていた話を聞く限り今回の事件は、誰かが姫さんの誘拐を依頼したことから端を発しているらしい。


 今後の事も考えれば首謀者が誰なのかくらい掴んでおいた方がいいだろうと思ったんだが、薄情な事に盗賊連中はさっさとルリルを見捨てて逃げ出したようで、もう辺りにその姿は影も形もない。


 となれば残ったこいつに聞き出すしかないと思ったのだが、ルリルはフンッとすねたようにそっぽを向いて。


「話すわけないでしょ。馬鹿なの?」


 この後に及んでもまだ小生意気な態度を崩さないのには腹立つのを通り越して関心するような気すらしてくる。


 股ぐら濡らして生意気いってんじゃねぇよと、嫌味の一つでも言ってやりたいところだがそれでまた面倒なことになっても手間なので多めにみてやることにする。


 それに幸い、こいつよりも有用そうな情報源もありそうだ。


「……大体あの辺か?」


 姫さんはここが城から少し離れた場所にある森だと言っていた。


 辺りには鬱蒼と生えた木々が視界を遮る、森の一角へ俺は視線を向け大体五十メートルくらい先の方へと意識を集中させる。


「ひえぁああ!」


 突然情けない悲鳴が辺りに響いたかと思うと、男が一人森の中から空飛び出してくる。


 目の前に転がってきたそいつを逃げられない様に前足で踏んづけ拘束し頭から被っていた外套を引っぺがすと、見覚えのない男が顔を出す。


 この姿になってから誰かが遠見の魔導でこっちを見ているのを感じていた。


 俺はその視線の主を魔導でとっ捕まえてこうして目の前に引きずり出したというわけだ。


「こいつはお前の知り合いか?」

「し、知らないわよこんな奴」

「ま、だろうな」


 さっきまでの盗賊連中と比べて身なりが小綺麗で整いすぎている。


 状況から見るに誘拐の首謀者から盗賊共の動向を見張って報告するように言われた間者って所だろうか。


「さてと。お前はなにもんだ? 誰に何を言われて俺たちの事をのぞき見していやがった? ほれ、答えてみろ」

「……」

「たくっ、面倒くせぇな」


 俺はあえて苛立った口調でそう言って、だんまりで答えようとしない男の目を覗き見る。


「喋らないのは結構だが、俺はこの国の守護竜だぞ」


 その時、視界の端で姫さんがなんだかやたらと嬉しそうな顔をした。


「? なんだよ」


「いいえ、なんでもございません」


 そうは言っているが、姫さんはやっぱり嬉れしそうな顔をしている。意味が分からん。


 ただ、思い返してみるとそういえば自分から守護竜を名乗るのはコレが初めてだったなと気が付く。だから何だという話だがその名を出した効果は思った以上にあるようで男の目があからさまに動揺している。


 これはチャンスだと踏んで、俺はここぞとばかりに声にどすを利かせて言葉を続ける。


「その気になればお前の心を読む事なんて今の俺には簡単だ。それなのにこうして訪ねてやってんのはせめても慈悲って奴だ、自分から話すってなら今回は多めにみてやろうって言うな。さもねぇと」


 踏んづけて拘束している前足に軽く力を込めてやると苦悶の声が男から響く。


 正直言って流石に心を読むなんてどうすればできるのかさっぱりだったが、そこはハッタリだ。


 実際効果は覿面で覗き見る男は更に動揺して目が泳ぐ。


「もう一度だけ聞いてやる。お前はどこのどいつに、何を言われてここにいる」


 蛇に睨まれた蛙よろしく体を竦ませながら男が口にしたのは、俺にとっては今回の事件首謀者として以外でもなんでもないやつの名前だった。


              ✣


「いったいどうしたというのだ、クソッ」


 ぐるぐるぐるぐる、高価なカーペットに道ができるのではないかと言うぐらいクロイゲンは自身の執務室の中を落ち着き泣く歩き回っていた。


 誘拐計画の経過を報告し隙あれば女王を暗殺するよう指示していた間者からの定期連絡がぱったりと途絶えてしまったからだ。


 計画の実行犯としてよこされた盗賊共が女王と守護竜を捕らえ、城下町近くに放置された砦に潜伏しているという所までは報告を受けているがそれ以降の事はさっぱりだ。


「やはりいくら腕が立つとはいえ、ダークエルフの小娘なんぞに任せるべきではなかったのだ! あやつめ偉そうな事言っておいて盗賊なんぞをよこしおって。そもそも生け捕りなどという悠長ことはせずさっさと殺してしまえばそれで済んだものを!」


 音が出るほど強く奥歯を噛みしめ、前髪を弄る手は止まることはない。


 状況が掴めない苛立ちともし事が失敗し事が明るみになったらと言う不安からクロイゲンはジッとしていることができなくなくなっていた。


 最悪の場合、追及の手が届く前にどこかへ逃亡しなければならない。


 とそんな算段を建てていると、事務机の片隅に置かれた水晶が淡い光りを放ちクロイゲンはそれに飛びついた。


 遠鳴石えんめいせきと呼ばれるその水晶は魔導を使うことで遠く離れた相手とも会話をすることができる、大陸でも所有している者は少ない貴重なものでクロイゲンが監視役と秘密裏に連絡をするために使用しているものだった。


「貴様今まで何をしていた! 定期報告の時間はとっくに過ぎているぞ!」


「……」


「まぁいい、それで? あれからどうなった? 女王は殺したのか? どうなんだ」


「……」


「? おい、どうした! さっさと何か言わないか!」


「……なんだよ、はっきりものを言えんじゃねぇかよ、オッサン」


 遠鳴石から聞こえた見知らぬ声にクロイゲンは思わず目を剥いた。


 いや、実際の所クロイゲンはその声に聞き覚えがあった、何よりオッサンなどと呼ぶその無礼な口調を知っていた。


 クロイゲンが声の主とその意味に気が付き青ざめるよりも早く、彼の頭上から何かが爆裂するようなけたたましい音が炸裂する。


 いったい何が起きたのかと思わずクロイゲンが頭上を見上げるとそこには青空が広がり、その空を白銀の竜が舞う。


 あまりにも唐突で常軌を逸した自体に、クロイゲンの頭は執務室の天井が吹き飛びなくなったという事実を直ぐには理解できずただ呆然と空を見上げるしかない。


 白銀の竜がゆっくりと高度を下げ執務室へ降り立つと、その背から一人の女性が降りてくる。


 それは自らが暗殺を企て亡き者にしようとしていた、現フィロール王国女王アンヌ・フィロール・ドラグニルその人であった。


「ファルム領主クロイゲン」


 威厳を感じさせる声に名前を呼ばれ、冷や汗がクロイゲンの額から頬にかけて伝っていく。


 あり得ない。クロイゲンの頭の中はそれで一杯だった。


 王都であるドラグニルからフェルム領までは約三日、たとえ馬車を休まず走らせたとしても丸一日は掛かる。


 それを定期連絡が途切れた一時間ほどで移動したと言うのだ。


 自身の中にある常識から著しく乖離した目の前の現実をクロイゲンは俄には受け入れることができない。


「私がどうしてここに来たのか、言わずとも分かりますね」


 女王が視線を向けたその先には守護竜の魔導なのか、謎の力でふわふわと浮かぶ盗賊の首領であるルリルと、クロイゲンが監視のために放った間者の姿があった。


 それが意味するのは企てが失敗に終わり、その首謀者が自分であると言うことがバレていると言う事実。


 絶望でとっさに弁明の言葉を口にすることができず彷徨っていたクロイゲンの視線が、壁に掛けられた装飾品の短剣を捉える。


 クロイゲンは半狂乱にその短剣を手に取り、アンヌの元へと掛けだした。


 抜き身の凶刃で目の前の女を切り裂こうと短剣を振り下ろすが、次の瞬間パキンと情け無い音を立て根元から折れた刀身がクロイゲン頬を掠めた。


 目の前にあるのは白銀の鱗に覆われた竜の尾。


 短剣を突き立てられても傷一つないその尾に護られるアンヌにはおびえや動揺などまるでなく、ただ静かにクロイゲンを見据えていた。


 その様はまるで自分を傷付ける事ができるというのならやってみろと、そう言っているようにクロイゲンには思えた。


 今の世に伝えられる守護竜の伝説なんてただの眉唾物でしかないとクロイゲンは高をくくり、あの黒い影の誘いに乗った。


 しかし悠然と自分を見下ろす竜の姿を見てその考えがどれだけ浅はかだったのかを思い知る。


 やがて折れた短剣がその手からこぼれ落ち、糸の切れた人形の様にクロイゲンは力なくその場に崩れ落ちた。


           ✣


 姫さんと攫われたあの日から数日が経った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る