第14話 忌むべき一族
その姿は俺がこの世界に来てから今まで見てきた連中とは大きく違うものだった。
あどけなさが残る大きくて釣り目気味な薄紅色の瞳と褐色の肌。
瞳と同じ色をした髪はあまり手入れをされていないのかぼさぼさだったが背中に届くほど長く。
そして何よりも特徴的だったのはその大きく尖った耳だった。
その特徴はまるで向こうの世界にいたころ、ファンタジー物のマンガやアニメでよく見かけたエルフによく似ていた。
「……あなたはダークエルフなのですね」
お姫様が静かな声でそういうと、ルリルはどこか歪んだ笑みを浮かべる。
「そっ、大昔禁忌を犯して大陸から追い出された忌むべき一族。どう? これでどうしてルリルがこんなことしてるか分かった? お姫様」
感情が消えた目のまま、ルリルはお姫様に語りかける。
だがお姫様はそれに臆する様子も見せず静かに首を横に振った。
「いいえ。たとえあなたがダークエルフだとしても、どうしてこのようなことをしているのか私には分かりません」
そう答えたその瞬間、ルリルが詠唱を唱えお姫様の体が突然宙に浮き上がた。
お姫様の両腕が不自然に水平になってまるで十字架に貼り付けにされたような恰好になる。
「分からない? ああそっかぁー分からないよね。あんたみたいに恵まれた奴に、ルリルみたいなやつのことなんてっ!」
「うっ、くぁッ!」
お姫様の表情が苦悶に歪み、肩の辺りからミシミシと嫌な音が聞こえる。
「テメェ!」
俺は咄嗟に魔導で女に攻撃しようとするが、それよりも早く城の時と同じように、重圧で身動きを封じられてしまう。
「そこで這いつくばってろ、ざこトカゲ!」
ルリルは俺に一言吐き捨てると、直ぐに視線をお姫様へともどした。
「ルリルはね、あんたらみたいに生まれた時から周りからちやほやされてる連中がだいっきらい!」
感情のなかった瞳に暗い光が灯る。
さっきまでの人を小馬鹿にしたようなものとは違う、明確な敵意と怒りが込められた言葉。
「生きてるだけで、上から見下ろされて馬鹿にされて邪魔者扱いされる。生きていくためには媚びへつらうか、力で奪うしかなかった。だからルリルは奪うの! ルリルを下に見て馬鹿にする奴らみんな踏みつぶして、ルリルの事を見上げさせてやる! それがルリルの生き方なの!」
犬歯をむき出しにして口にしたその言葉はまるで咆吼の様だ。
途方もない程の怒りと怨嗟、その全てがお姫様一人へと向けられている。
「ねぇ、命乞いしてよ。惨めにみっともなく助けて下さいお願いしますって言ってよ、そうすればやめてあげる」
暗くドロドロとした悦楽が、ルリルの顔を歪め狂気の笑みを浮かべる。
「ほら言え。言わなきゃ、あんたの両腕をこのまま引っこ抜いちゃうから!」
ジリジリとお姫様の両腕が引っ張られていく様を見ながら、俺は血管がちぎれそうなくらいの力を足に込めるが、それでもその場で踏ん張る事がやっとで一歩も動けない。
俺が惨めに歯がみすることしかできない中で、お姫様はルリルを見つめていた。
両腕を綱引きでもするように引っ張られ、その痛みから顔をしかめ、瞳に涙を溜めながらもお姫様はただ真っ直ぐにルリル見つめている。
「なんか言いなさいよ、言えってば!」
ルリルが再び吠える。
お姫様の命を文字通りその手に握り、圧倒的に優位な立場であるはずなのに、なぜだかその様はルリルの方が追い詰められてる様に見えた。
「……何度でも、聞きますね」
その時、お姫様の口が動きゆっくりと言葉を紡ぐ、痛みをこらえながら、まるで小さな子供に問いかけるような優しい声で。
「……あなたは、どうして……このような事をしているのですか?」
二度目になる問いかけ口にしたその瞬間。
カコッ。
と、いっそ気の抜けてしまう様な軽い音が辺りに響いた。
女が忌々しげに舌打ちしながら魔導を解き、宙に浮いていたお姫様の体が乱暴に地面に叩きつけられる。
地下牢の床に横たわるお姫様の苦悶の表情がより深く痛々しいものに変わる。
「死なれたら困るから、この辺でカンベンして上げる」
ルリルはつまらなそうにそう言い捨てて階段を上り、地下牢からその姿を消した。
フッと俺を押さえつけていた重圧がなくなり、すぐさまお姫様へと駆け寄るとお姫様の左腕がグラグラと不自然に揺れている、肩の関節がはずれているのだ。
「おい、大丈夫か!」
そう声をかけると痛みからだろう涙をその瞳一杯に溜めてるにもかかわらず、お姫様はふふっと小さく笑みを作った。
「なんで笑ってんだよ」
「だって……嬉しいんですもの、守護竜様がこんなに私の事を心配してくれるなんて」
予想もしていなかった言葉に、あまりの痛みで頭がおかしくなったんじゃ無いかと本気で疑ったが、今はそんなこと言ってる場合でもない。
「痛むか?」
「はい、とっても」
「そうか、悪いがこれからもっと痛くするぞ」
向こうにいた頃、肩の関節を外したり外されたりなんてのは喧嘩の時しょっちゅうだった。
人のをやったことはないがはずれた間接を戻す勝手は分かっている。
俺が魔導を使って慎重にお姫様の左手を掴むと表情がより苦しげなものに変わるが、ちゃんと我慢しているのか逃げたり暴れたりすることは無い。
「それじゃあいくぞ、せーのっ!」
掛け声に会わせて外れていた間接を一気に元の場所へと戻す。
お姫様も流石に苦悶の声を上げたが、カコッと渇いた音を上げながら肩の骨が無事元の場所に収まった手応えを感じる。
俺は元に戻したお姫様の左肩に触れながら意識を集中させると触れた部分が淡い光りを放つ。
癒やしの魔導。
やったこともないそれを俺は当たり前のように行っていた。
初めて魔導を使ったあの時の様に、手足を動かすようにごく自然にまるで初めから知っていたみたいに。
一応効果はあったようで苦悶に歪んでいたお姫様の表情が、ゆっくりと穏やかな物に変わっていく。
「ありがとうございます守護竜様。すっかり良くなりました」
そう言ってお姫様は微笑んだが、その額には痛々しい脂汗がうっすらと浮かんでいて強がりなのが見え見えだった。
「これほど迅速な治療が行えるなんて、流石守護竜様です」
「流石も何もねぇよ、適当にやっただけだ」
謙遜でもなんでもなく、頭に浮かんだことを浮かんだままやっただけで白状すれば実際どの程度効果があったのかも分からない。
早い内に専門の医者にでも診せるべきなんだろうが、地下牢の中ではそれも叶わない。
「……」
その時ふと、沈黙が耳についた。
空気の淀んだ地下牢は静かで、どこか地下水でも漏れているのか水滴の落ちる音がやたら大きく響く。
何か話した方がいいんだろうか?
ただ何を言おうか、言葉が直ぐには見つからない。
「……さっき、なんで止めた?」
ようやく口をついたのはそんな問いかけだった。
城の時も今も、お姫様は俺が戦おうとしたときそれを止めに入った。
「あんたが邪魔さえしなけりゃ……」
そう
実際、俺はあの女の魔導に手も足も出なかった、ムカつくがそれはどうしようもない事実だ。
分かってる、分かっちゃいるが、それでもどうして邪魔しやがるんだと苛立が募る。
「……ごめんなさい」
理不尽とも言えるような怒りに、お姫様は申し訳なさそうに詫びて頭を下げた。 そんな彼女の姿にチクリと胸が痛む。
そう思うなら端から言わなければいいだろうと冷静な自分が言い、そのことにまた苛立つ。
「でも、賊とは言え人を無闇に傷つける事はいけないことです」
「この後に及んで何を幼稚園の先生みたいな事を言いやがって、お優しいこったな」
あんまりにもお花畑な答えに、俺は呆れかえって皮肉を口にするがお姫様は怯むこともなく言葉をつづける。
「それに……それに何よりも、私は守護竜様に傷付いて欲しくなかったのです」
「はぁ?」
言葉の意味が分からなくて俺は思わず聞き返していた。
「傷付いて欲しくなかった? ハッ、余計なお世話だってんだよ。俺がどうなろうがあんたには関係ねぇだろうが」
「関係なくなんてありません! 私は」
何かを言おうとするお姫様。
その言葉の続きが容易に想像できて、想像したら俺の中で何かがぶち切れた。
「王国の姫巫女で守護竜様に仕えるのが使命だってか? 聞き飽きたんだよっ!」
怒声が地下牢の中で耳障りに木霊した。
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