第15話 あなたの事をもっと

 正直何がそんなに気にくわなかったのか俺にもよく分からない。


 突然、頼んでもいないのに知らない世界に転生させられた挙句、守護竜様だなんだ手前勝手に祭り上げられたことに対してなのか。


 何かと世話を焼こうとベタベタしてくるお姫様に対してなのか。


 はたまたクソガキに無様に負けた挙句こうして八つ当たりすることしかできない惨めな自分に対してなのか。


 ただ、出所の分からない苛立ちがこみ上げてきて押さえが効かなかった。


「勝手に呼び出して何が守護竜様だくだらねえ。わけわかんねぇ事ほざきやがって、知るかよそんなもん! 姫巫女だかなんだ知らねぇが、いい加減鬱陶しいんだよ!」


 あふれる苛立ちに身を任せながら俺は、ああそうだったそうだったと懐かしい感覚になる。


 元の世界にいた頃、俺はいつもこうだった。周りにある物全てに腹が立っていつもイラついていた。


 胸の内に蟠る苛立ちを何かにぶつけずにはいられない。


 そうだ、元から俺はそういうやつだった。


「だいたいあんただっていい加減うんざりしてんだろ? 姫巫女としてのお勤めだかなんだかしれねぇが、俺みたいなクズの相手をさせられてよぉ!」


 俺は誰かに期待されて、それに応える事ができるような立派で才能のある人間じゃない、そんなことは自分がよく分かってる。


 自分がどうしようもないクズだって事くらい分かってる、分かってるから、だからもう。


「俺に構うんじゃねぇ! もう放っておけよ俺なんてよっ!」


 一頻り怒鳴り終わると周りが急にシンと静まりかえったような気がした。


 言いたいことをぶちまけるだけぶちまけてその場で息を切らしたながら、ふと思う。


 ……今、お姫様はどんな顔をしているんだろうか。


 なぜか俺は今更そんなことが気になった。


 理不尽な八つ当たりに怒りを覚えているのだろうか? 自身が仕える相手の醜態に失望してるんだろうか? それとも怯えて泣きそうになってるんだろうか。


 いや今更どうだっていいだろそんなこと、俺には知ったこっちゃ無い。


 そう思っている筈なのになぜだか俺は目の前のお姫様の顔を見ることができなかった。


 今更ビビってんじゃねぇよ、クソが!


 自分を叱責し顔を上げお姫様の顔を見て、俺は思わず怯んでしまった。


 だって、まさかそんな顔をしているなんて思ってもいなかったから。


 そんな、優しくて悲しそうな顔を。


「……どうかそんなことを言わないでください」


 お姫様の口にしたその声はまるで泣いている子供を思いやり安心させるようなそんな声。


「私の事はなんて言おうと構いません、でも自分の事をクズだなんて、そんなことどうかおっしゃらないで」


 お姫様の頬を涙が伝う。


 まだ肩が痛むのかと思った、でもそうじゃないとその涙は語っている。


 嘘みたいな話だが、本当に意味が分からないが、この人は多分、今、俺のことを思って泣いているのだ。


「確かに守護竜様は少々お口は悪いですし、乱暴で素直じゃないところもあるかもしれません。でも私には守護竜様はそうやって、人を遠ざけながらご自身を傷つけようとしているようにしか思えないのです。だって守護竜様はとってもお優しい方だから」


 優しい? 俺が? 突然何を言ってるんだか。


 馬鹿馬鹿しすぎて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「馬鹿じゃねぇの? いったいいままで何を見て」

「見てきたから言っているんです」


 お姫様のその言葉には、迷いがなく力強くて思わず俺は言葉を呑み込んでしまった。


「守護竜様はこの国の女王がどの様に選ばれるのかご存じですか?」


 唐突なその問いに俺は知るわけもないと首を横に振る。


「守護竜様に身を捧げた巫女である女王は生涯、子を持つことはありません。その代わり国の何処かで生まれる聖痕せいこんを身に刻んだ赤子を自身の子供として城に迎え入れます……私は城下町の外れにあるスラムで生まれました」


 言いながらお姫様は自身の左掌に浮かぶ聖痕を眺めた。


「私を生んだ人たちはこの聖痕の存在に気が付かなかったのか、それとも意味を知らなかったのか。本来生まれてすぐ城へと迎え入れられるはずのところ私は歳が十一を過ぎるまでスラムで何も知らず育ちました――あの人が私を見つけてくれるまで」


 そう言ってお姫様は薬指に光る指輪を何所か懐かしそうに指でなぞる。


 その表情は穏やかで何か大切な思い出を思い出しているようだったが、ふとその顔に影が差しはじめる。


「スラムで育った私を女王の後継者として城に迎えることをよく思わない人も少なくはありませんでした……私自身、突然未来の女王だと言われてもすぐには受け入れられませんでしたから」


 ……少し考えてみる。


 ある日突然、おまえは国を統べる王になるのだと言われたら。


 誰かに期待されそれを背負わされる煩わしさと重さは理解できる、いやという程に。


 それが国一つ分の重さとなったらいったいどれだけのもんなのか。正直そんなのごめんだ、想像したくもない。


「当時の姫巫女であるお母様や先代の守護竜様。それにフェルム領主だったったおじさまにアナ、そしてあの人も、血の繋がらない私を実の家族の様に愛してくれました。でも、いえだからこそ、私の様な人間が国を統べ守護竜様にお仕えする姫巫女となる資格が私にあるのか? そう自問しない日はありませんでした」


 その時お姫様はきゅっと唇を噛みしめて、悲しそうに眉根を寄せる。


「あの夜、私は守護竜様はもう戻られることはないだろうと覚悟しておりました」


 あの夜。それがいつのことなのか、そんなもの聞くまでもなかった。


 俺がこの世界に呼ばれ、城を出ていこうとしたあの日の夜。


 薄々そうじゃないかと思っていたが、やっぱりあの時、気が付いていやがったのかこいつ。


「やはり私の様な人間には守護竜様の巫女となる資格はなかったのだと、そう思いました。でも守護竜様は戻ってきてくくれた――嬉しかったんです、そのことがとっても、とっても」

 

 染み入るようなお姫様の声が俺の耳を打つ、その声はまるで何か大切で綺麗な宝物の話しでもしているみたいに嬉しそうだった。


「今もあなたは私の怪我を必死に治して下さいました、城で賊に襲われたときだって私達を護って下さいました。いつでも離れることは出来たはずなのに守護竜様は私の側にいてくれました。それを優しさじゃないと言うのならいったいなんと言うのでしょうか?」


「……あんたに俺の何が分かる」


 言いながら俺は自分の吐き捨てた言葉を聞いて、少し動揺した。


 だって自分の声が言葉が、まるで拗ねている小さな子供みたいだったから。


「俺が今まであんたの側にいたのは単にその方が都合がよかったからだ。優しさだとかそんな上等なもんじゃない、そもそも俺はあんたがスラムの生まれだとかそんなことは知らなかった」


「知っていたら、戻ってはきてくれなかったんですか?」

「それは……」


 思わず言いよどんでしまった俺を見て、お姫様が微笑む。ほんのり意地悪げなその笑みはほら見たことですかと少しだけしたり顔だ。


「でも確かに私はまだ守護竜様のことを何も知りません――だから教えてくれませんか?」


 お姫様が俺のことを見ている。


 その視線は優しげだったが、真っ直ぐで真剣な青い瞳が俺を見る。 


「こことは違う世界で今まであなたが何を見て何を思ってきたのか、何が好きで何が嫌いで何を見て楽しいと思うのか、いいことも悪いことも全部。女王としてでも巫女としてでもなく、私はただあなたのことをもっと知りたいんです、だって――」


 そう言ってお姫様はまた笑った。


 いつもの様に優しく、いつもより少しだけ気恥ずかしそうに。


「――だって、私は守護竜様の事を心から愛しているのですもの。愛する方の事を知りたいと思うのは当たり前の事ではないですか?」


 お姫様は言った。


 なんの躊躇いも恥じらいもなく、いつもの優し気な微笑みを浮かべて、ただ当たり前のようにその言葉を。


 ……馬鹿みてぇ。


 急に真面目な顔して訳分かんねぇこと言いやがって、まさかここまで頭の中がお花畑だったとは思わなかった。


 ああクソ、ホント馬鹿じゃねぇの? 何が愛してるだ、聞いてるこっちの方が恥ずかしくなってくる。


 そう思っているはずなのに、俺は気が付いてしまった。


 さっきまであれだけ荒れていた心がいつの間にか穏やかになりつつあることに。


 いったいどうしちまったっていうのか、ただ気が付くと俺はお姫様に話してしまっていた。


 今まで誰にも話した事のない、俺がまだ向こうの世界で過ごし生きてきた日々の事を。

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