第28話 花園の片隅で

「アンヌ様この御紅茶とっても美味しいですわ、お茶菓子も味はもちろん見た目も綺麗で」


「気に入っていただけたならよかった。よろしかったら、少しお土産に持ち帰られますか?」


「よろしいんですの!」


「ええ、後でセリスに用意してもらいますね」


 城内の中庭にある庭園。


 花々に囲まれた文字通り華やかなその場所でセリスたちが用意した茶会セットを広げ、楽しそうに話すその様子は端から見るとまるで親子みたいだと、二人の様子を空から眺めながら俺はそんなことを思った。


 女子二人のお茶会なんて軟派なもんに混ざる気にもなれないんで、その辺を飛び回りながら何とも無しに様子を眺めていたはいいが流石にそろそろ飽きが回ってきた。


 さてどうしたもんかなと思っていたその時だった。


「少し、よろしいですか?」


 声のした方へ視線を向けると、そこには双翼を羽ばたかせる黒竜の姿があった。


「よかったらお話しでもしませんか?」


「話しぃ?」


 突然話だなんだと言われたもんだから俺は全力で警戒して見せるが、デインの守護竜はにこりと紳士的に笑ってみせて余裕を感じさせる。


「ええ、同じ守護竜、いや、こことは別の世界に生きていた人間同士、ね?」 


 こことは別の世界。その言葉に俺は思わず反応してしまう。


 今いるこことは違う俺が元居た世界、やっぱりこいつも俺と同じ世界からこっちに転生してきたという事なのだろうか?


「一度降りませんか? ずっと飛びながら話すのも疲れるでしょう?」


 立ち話もなんだから的な事を良いながら、デインの守護竜が高度を下げていく。


 一瞬どうするか悩んだ。正直こいつを何所まで信用していいのかまだ掴み切れていない、果たしてそんなにあっさり言うことを聞いてしまっていいものだろうか。


 ただ俺以外の守護竜と話しをする機会なんて今までなかっただけに、好奇心がうずかないと言ったら正直嘘になる。


 少し考えたが俺は結局、デインの守護竜の後を追うように高度を落とし、庭園の一角降り立った。


「で? 話ってなんだよ」


「そう焦らないでくださいただ世間話がしたいだけですよ。そうだな……さっきダークエルフのメイドを見かけたのですけれど、彼女はここの使用人なのですか?」


「ん? ああ、まあな。最近入ってきた奴なんだがメイドの癖してどうにも小生意気でな」


「なるほど、最近……」


「それが、どうかしたのかよ?」


 なんだか意味深に聞こえる話題に俺はカマを掛けたつもりでそう訪ねるが、デインの守護竜は特に顔色を変えることもなく「いいや」とあっさりと答えた。


「ただ、フィロール王国にダークエルフがいるなんて珍しいと思いまして。それに個人的に興味があるんですよダークエルフという種族に」


「興味って……そういう趣味なのか?」


 人の趣味嗜好なんてものは色々あるし、褐色エルフフェチがいたところで別におかしかないだろうと思ったが、俺の質問に対してデインの守護竜はおかしそうに笑った。


「いえいえ。興味と言っても嗜好的な意味ではなくあくまで研究対象としてですよ。ダークエルフ達の国であるネネイルは他国との交流を制限されていますから外ではまず見かけないもので」


 そういえばこっちに来たばかりの頃に姫さんからダークエルフの国について少し聞いていたっけと思い出す。


 ただ、セットで姫さんのスク水姿といういらん物まで思い出しそうになって俺は慌てて頭を振って切り替える。


「あー確か禁忌を犯して大陸を追われただとか何とかいう話しだったか?」


「そう、約三千年ほど前ダークエルフ達、厳密にはその祖先にあたるネネイルの人々が禁忌をおかし彼らは大陸を国ごと終われることになった」


 デインの守護竜が口にしたその話は以前、俺が姫さんから聞かされた内容とほぼ同じで、王国と帝国で話の差異はなさそうだ。


 そういえば、禁忌をおかしたどうのという話は聞いていたが、それが具体的にどういったものだったのかは聞いていなかったことを思い出す。 


 この世界ではダークエルフが忌避され迫害されている現実があるというのは、地下牢で聞いた姫さんとルリルの会話から知った。


 それがいったいどれほどのものなのか俺には想像も出来ないが、もしその迫害が昔ダークエルフ達が犯した禁忌から端を発しているというのならそれはいったいどれほどのものだったというのか。


「そのダークエルフたちが犯した禁忌ってのは具体的に何なんだ?」


 この際だからと尋ねててみるが、デインの守護竜は首を横に振った。


「それは私にも分かりません。彼らが犯した禁忌については当時厳しい箝口令が敷かれ殆ど記録が残っていないのです。彼ら特有の容姿や能力は禁忌を犯したことによる呪いだという話しもありますがそれ以上詳しいことはなにも」


「なんと言うか、聞けば聞くほどきな臭い話しだな。にしても、あんたは随分とこっちの世界について詳しいんだな」


 まるで元からこっちの世界に住んでいたみたいにスラスラと歴史を話すことに感心すると、デインの守護竜はまんざらでもなさそうな顔をした。


「こっちに来てもう六年程になりますから、それなりに詳しくもなりますよ。ダークエルフに関しては個人的に研究していると言うのもありますが」


「六年! また随分と長いな」


 自分自身がはこの世界に来てまだ半年も経っていないからだろうか、なんだか六年という歳月が途方もないくらい長い時間に聞こえる。


 ……ん? 六年。


 俺は思わず視線を庭園の中央へと視線を向ける。


 そこではエリザの頬についた食べかすを、姫さんが嬉しそうに拭っている。


 リスみたいに焼き菓子を幸せそうに頬張るエリザの様子は無邪気で幼い子供の様にしか見えないが。


「私がこっちの世界に来たのはあの子がまだ四歳の時ですよ」


「四!」


 俺の疑問を察したんだろう、デインの守護竜は俺と同じ方向へ視線を向けながらそう答えて俺は思わず驚きの声を上げた。


 デインの守護竜がこの世界に転生したのが六年前言っていたからざっと計算してあの子の歳はいま十歳前後、小学五~六年くらいの年齢だ。


 初めて見たときからガキみたいだとは思っていたが、まさかそんなに幼いとは思っていなかった。


 こんなファンタジーな世界だ、もしかしたら見た目が若いだけで中身はそれなり歳だったりするんだろうかとか考えていたがそういうことじゃなかったらしい。


「そっちじゃそんなに早い内から、皇帝になるのが当たり前なのか?」


「いいや。先代の皇帝が急死したらしく、まだ幼いあの子が皇位を継ぐしかなかったそうです」


 興味のない話しかもしれませんが、デインの守護竜はそう前置きして言葉を続ける。


「デインは侵略戦争で勢力を拡大していった国でして、そのせいなのかは分かりませんが何かと野心家が多く、自身の地位のために幼い皇帝であるあの子の命を狙われることも少なくなかったのですよ」


 俺たちの視線の先で姫さんと何を話しているのか分からないが、エリザは年相応の子供みたいに笑っている。


 こうしてみているとあの子がとてもそんなきな臭い渦中にいた人物だなんて、俄には信じられない。


 ただそれはきっと事実なんだろう。実際、俺と姫さんもついこの間、誘拐事件にあったばかりだ、他人事とも言い切れない。


「知ってますか、巫女である彼女たちが死ねば僕たちの存在もこの世界から消えるということ」


「そうなのか?」


 初めて知る事実に思わず驚きの声がでる。姫さんはそんなことは一言も言っていなかった。


「守護竜と巫女は一心同体。巫女が死ねば守護竜も消え役目は次のものに引き継がれていく。そうやって巫女と守護竜は代替わりを繰り返してきた。でもだとすればおかしいとは思わないですか?」


「は? おかしいってなにがだよ」


 突然の問いの意味が分からず、俺は疑問の声を上げるが、デインの守護竜はあえてなのかそれを無視して言葉を続けた。

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