第27話 命の価値観
「端的に申し上げますと、この度の事件に我々帝国の関与があったことは事実です」
さらりと口にされた事実に、顔には出さずともこの場にいた全員が驚いた。
追及したところでどうせ知らぬ存ぜぬで一点張りでうやむやにされて終わりだろうと誰もが思っていただけに、こうもあっさり関与を認めるなんて完全な不意打ちだったからだ。
「貴国からの依頼を受けて調査を進めたところ、我が国の大臣の一人がクロイゲン公と内通し今回の事件を企てた事が判明しました。関与した大臣はすでに処罰しましたが、他国の王族に暗殺を企てるなどあってはならないこと、ですのでこうして直接謝罪に出向いた次第でございます」
デインの守護竜が会釈しそれに習うようにエリザも頭を深々と頭を下げる。
「この度は貴国に多大なる被害と迷惑与えた事、デイン帝国皇帝としてこの場で正式に謝罪させて頂きます」
その幼い見た目と舌足らずな声には似合わない謝罪の言葉をエリザが口にする。
想定外の事態に姫さん達は呆気にとられているようだったが、その一方で俺は釈然としない怒りが湧いてきていた。
「気に入らねぇな。あれだけの事をやらかしておいて、一言謝ってハイそれで終わりってか?」
俺の言葉にデインの守護竜が反応する。
「もちろんそんなことはありません。今回の件に関しての賠償は当然払わせて頂くつもりです。他に何か要求があるのならそちらも可能な限りは譲歩いたします」
「俺が言いてぇのは、そういうことじゃねぇんだよ」
とは言いつつ正直な所、俺自身具体的に何を求めているのか分かっちゃいなかった。
事実や経緯がどうであれ、あの時俺たちは攫われて姫さんが痛めつけられた事実は変わらない。
それなのにその事が淡々と事務的に処理されていくのが気にくわなかった。
俺はデインの守護竜を睨み付ける。
竜の表情なんてハッキリ言ってよく分からないが、それでもなんとなくその顔は俺達の事を俯瞰して見ているように思えてならなくて、その事も気に入らなかった。
俺は更に何か言いつのろうと口を開くが、何か言葉を発するよりも先に姫さんの手が俺とデインの守護竜の間に割って入った。
なぜ止めるのかと思わず見上げると姫さんは小さく首をよこに振った。
その表情はいつもの様に優しげで、怒りや不満の色を見て取ることは出来ずただ俺の事をたしなめ憂うようなそんな顔だった。
まだまだ言ってやりたいことはあったが、今回の件で一番の被害者であるはずの姫さんにそんな顔をされてしまったら、俺が何を喚いた所でそれは筋違いにしかならない。
腑に落ちないが俺はむっつりと黙り込んでその場は矛を収める。
すると姫さんは一度にこりと俺に微笑んだ後、デイン帝国の連中へ視線を戻す。
「お話は分かりました。そちらが非を認めそれ相応の対応をなさるというのなら、我が国としても今回の件をこれ以上荒立てる事は望みません……ただ一つお伺いしたい事があるのですが?」
「なんでしょう? 可能な限りお答え致しますが」
「……今回の件で首謀者とされる大臣を処罰したと仰っていましたが。その者は今どの様に?」
姫さんからの問いに、デインの守護竜は怪訝な顔をする。
なぜわざわざそんなことを聞くのか意味が分からない、そう語外に言っているようなそんな顔だ。
「どうしたも何も、当然殺しましたよ。失敗に終わったとは言え他国の王に危害を加えようとした訳ですから」
デインの守護竜が何てこともないように語ったその事実に姫さんの表情が僅かに陰る。
「ああ、申し訳ありません。いくら我が国の者とは言え、被害者であるあなた方に断りもなく罰すべきではありませんでしたね、どうかご容赦下さい」
デインの守護竜はその様子を、犯人を勝手に処罰したことに対して不満に思っていると取ったみたいだったがそれは検討違いだ。
自分が被害を被った事よりも、処刑された罪人の命に思いを馳せる。そう言う奴なのだこの姫さんは。
ただ、いまその勘違いを訂正したところで不毛でしかないだろう。
結局それ以降、俺は口を挟むことはせず二国間の話し合いは粛々と続き、姫さんとデインの連中、それとフィロールの大臣達で今回の件に関する賠償を具体的にどうするかの話し合いを小一時間ほどして会談は御開になった。
「エリザ様はこの後、お時間はおありなのですか?」
会談が終わった開放感が辺りに漂い始めた頃合いで、姫さんはエリザにそう声を掛けた。
ただ緊張からなのか、その質問に対してエリザの答えは若干まごついた。
「い、いいえ。特にそう言ったものはありませんわ」
「でしたら、この後お茶でも一緒にいかがでしょう? せっかく遠い場所から訪ねてきていただいたのですもの、なんのおもてなしも無しにお帰りいただくのは心苦しいですので」
姫さんの誘いを受けてエリザがチラリと視線を送ると、デインの守護竜はにこりと笑みを浮かべる。
それを受けてエリザは嬉しそうに表情を明るくして姫さんへと視線を戻す。
「お気遣いありがとうございます、そのお誘いぜひお受け致しますわ」
元気よく返事をするその姿は年相応に無邪気で、そんな姿に姫さんは表情を綻ばせて笑い。
「よかった。じゃあせっかく良いお天気ですし庭園の方へご案内致しましょうか、セリスお茶とお茶菓子の準備をお願いしてもよろしいですか?」
「かしこまりました。準備ができ次第庭園の方へお持ち致します」
「ありがとう。それではエリザ様どうぞこちらへ、ご案内致します」
「ええ。ふふ、とっても楽しみですわ、わたくし他国の方とお茶会をするのはこれが初めてですの」
「あら、そうなのですか? フィロールのお茶がお口に合えばよいのですけど」
なんと言うか、とてもさっきまで国家間の話し合いをしていたとは思えないような、緊張感のないのほほんとした空気だった。
あんまりな緊張感のなさに、これでいいのか? と思わないでもないが、まぁ姫さんが楽しそうにしているなら、俺から特に文句を言う理由もない。
そう思っていたその時、何か視線を感じた気がしてあたりを見るとデインの守護竜と目が合った。
……特に何って訳じゃない。
ただなんとなく、目が合ったその視線がが何か意味深なものだったたようなそんな気がした。
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