第37話 冗談です

 ルリルが元いた銅像の前に戻ると、セリスがすでに戻ってきていた。


「ルリル新人メイド、いったい何所に言っていたのです? ここで待っているよう言っておいたはずですが?」


「ちょっと野暮用で離れてただけじゃない。なに? 荷物を持ち逃げしたとでも思った?」


「野暮用……小ですか? 大ですか?」


「なんでそうなんのよ! そもそも仮にそうだったとしても、そんな事あんたに話す必用ないでしょ!」


「メイドの健康状態を把握することも、メイド長である私の仕事ですので」


「ゲッ、じゃああんた他のメイド達にも毎回そんなこと聞いてるわけ? 流石に引くんだけど」


「……冗談です。そんなことしている訳がないでしょう。常識のない人ですね」


「冗談ならそう分かるように言ってもらいたいんですけど? あんたただでさえ表情一種類しかないんだから、わかりにくいのよ」


「…………」


「なに? どうかしたわけ」


 急に静かになったセリスの様子に、ルリルはなんとなく違和感を覚えた。


 別にセリスが物静かなのはいつもの事なのだが、なんとなく今はそれだけではない気がしたのだ。


「いえ……少し落ち込んでいただけです」


「あっそ……はっ? 落ち込んでた?」


 あんまりにもいつもと同じ調子だったので一瞬素通り仕掛けたルリルだったが、今確かに落ち込んでいたとセリスは言った。


 正直見た目ではとてもそういう風には見えないが、言われてみれば確かにどこか普段よりもシュンとしているような、やっぱり気のせいの様な……。


 なんにせよ人の弱味を見つけたら、煽ってからかわずにはいられないのがルリルと言う少女の性である。


「え? なにそれ? ひょっとしてあんた表情が変わんないこと気にしてたわけ? 女王様に仕えるメイド長サマにもコンプレックスとかあったんだぁ。おっかしぃんだぁ、あはははは」


「…………」


「はは、はぁ…………」


 普段指図されている鬱憤もあってここぞとばかりに煽り散らかすルリルだったが、セリスの表情はいつものようにピクリとも動かない。


 あんまりにも反応がないものだから、もしかして今のも冗談でからわれたのは自分なんじゃないかとルリルが思い始めた頃。


「……さぁ、無駄話はこの辺にしてそろそろ城へ戻りますよ、ルリル新人メイド。それと何度も言っていますが私を呼ぶときはお姉様と呼ぶように」


 そう言ってスタスタと規則正しい歩調で歩き出すその様子は普段のセリスと一切変わらないように見え、やっぱりさっきのは冗談でしかなかったのだろうかと思いながら、ルリルもその後に続いていく。


「……明日の侍女領トイレの掃除当番、あなた一人にやってもらいますので」


「やっぱり怒ってる!?」


 ぼそりと呟かれたセリスからの反撃、ただその表情にはやはり変化があるようには思えず、結局どこまで本気なのかルリルには分からなかった。




 城に戻るとセリスとルリルの二人は正門ではなく裏口の方へと向かった。


 裏口とは城の北西付近にある物資の受け入れなどに使われる搬入口のすぐ横にある小さな出入り口のことだ。


 女王の従者として城の外へ出るときなど、公的な理由がない限り城の使用人はこの裏口から城の出入りをする決まりになっている。


 セリスが裏口の門番に声を掛け鍵を開けてもらい入城する。城の裏口は外からは鍵を開けなければ開かないが、内側からなら鍵がなくとも開くことの出来る仕組みになっている。


 ルリルは城へと入る瞬間素早く目を走らせその事を改めて確認する。


「どうかしましたか? ルリル新人メイド」


「ん? べっつに、なんでもないでぇす」 


 セリスから何か訝しんでいるような気配は感じたが、結局それ以上は何も言うことは無くまたスタスタと歩き出す。


 ルリルはその後ろ歩きながらもう一度だけチラリと城の裏口を見る。


 明後日の早朝、盗賊団の連中がこの裏口から城に侵入する手筈になっていた。




 メイド達は一日の仕事を始める前に一度城内にある大広間へと集まり、朝礼を行うことになっている。


 朝礼にはその日勤務予定のほぼ全てのメイドが出席し夜勤組からの引き継ぎや連絡事項伝達、一日の業務内容の確認を行う。


 そんな朝礼の事務的な連絡事項を聞くでも無しに聞いていたルリルだったが。


「ルリル新人ネコミミメイドは朝の業務が終わり次第もう一度この広間に来て下さい、話しがあります」


 セリスからルリルを名指ししたその指示に、野次馬根性が疼くのか皆好き勝手な憶測を口にし周囲のメイド達が俄にざわめき立つが。


「皆さん、私語は慎むように」


 セリスの静かだがよく通る声が響き、ざわざわと姦しくなり掛けていたメイド達は一様に口を閉じる。


「それでは本日の朝礼は以上になります。皆さんが城に仕える侍女としての自覚と、奉仕の心を持って作業にあたる事を期待します。では解散」


 セリスが毎度お決まりの口上を言うと、集まっていたメイド達が一斉に自分の持ち場へと向かい動き出す。


 その流れにそって自身も持ち場へと向かいながら、セリスからの呼び出しの意味を考えていた。


 いったい何の話しだというのか。まさか昨日、盗賊の男と話していた事がバレていたのだろうか? でもだとしたらどうしてわざわざ呼び出しなんて回りくどいことをする?


 考えればそれらしい心当たりは幾らでも出てくる気もしたが、今は考えたところで全部憶測でしかない。


 そう思いルリルは目の前の業務に集中することにした。




 朝の仕事を一通り終えてルリルはセリスに言われたとおり、城の広前へと向かい中へ入ろうとその扉に手を掛けたところで。


「いつまであのダークエルフを城に置いておくつもりなのかね」


 広間の中から聞こえたその声にルリルは扉を少しだけ開けて中を確認すると、そこにいたのはセリスと廊下ですれ違いざまに舌打ちをしてきたあの大臣だった。

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