第38話 私はあなたと

「呪われた種族の小娘なぞを王城で働かせるなど国の品位に関わる。和を乱す様な存在は即刻排除するべきだ、分かるかねセリスメイド長」


 大臣の口調は落ち着いてはいるが明確な苛立ち感じさせる高圧的なものであったが、セリスはいつもと変わらずその表情はピクリともしない。そんなセリスの態度に大臣は余計苛立を募らせる。


「聞いているのかね、セリスメイド長」

 

「もちろん聞いております、大臣閣下。しかし一メイドにしか過ぎない私に人事ついて口を出す権限はございません」


「そんなはずはあるまい。長年王家に仕えるセバスチャン家の当主であり、右腕として働く君の言葉ならアンヌ女王陛下と言えど無下には出来ないはず」


「繰り返す様で申し訳ありませんが、メイド長と言えど一メイドにしか過ぎない私に主である女王陛下に意見するなど恐れ多いことは出来かねます。それにアンヌ女王陛下は意思の強い御方です。私ごときが何を言ったところで無意味でございましょう」


「意味があるかどうか決めるのは君ではない!」


 突如大臣が激高しセリスに詰め寄った。


「意見など聞いてはいない、私はただやれと言っているんだ。それとも何か? 一メイドでしかない君が大臣である私に逆らおうと言うのかね?」


 眉間に皺を寄せた不機嫌顔で怒鳴り詰め寄る大臣、それでもセリスの表情は小揺るぎもせず、その生真面目だがいまいち感情を感じさせない瞳でジッと大臣の事を無言で見返すこと数秒、根負けした大臣が先に目を外し聞こえよがしな舌打ちを一つ。


「とにかく、君や女王陛下がなんと言おうと、私はダークエルフなどという汚らわしい存在を認めはしない。どんな手を使おうと排除して見せるからな!」


 最後にそう言い捨てて大臣が広間の出入り口へと向かってくる。


 ルリルが手短な物陰に身を隠したその直後、大臣が広間から廊下へと出ると苛立たし気な足音立ててそのまま何処かへ去っていた。


 大臣の姿が見えなくなった後ルリルが広間の中を確認すると、セリスだけが一人取り残されている。


 静かにたたずむ様子はいつもの彼女と何ら変わりなく、とてもあんなやり取りがあった直後とは思えない程だ。


「……あーあ、あんなオジサン絡まれちゃってさ」


 ルリルがそう声を掛けるとセリスは何事もなかったような顔で振り返る。


「聞いていたのですか?」


「ごめんさぁい、なんせルリルの事話してるみたいだったからつい。いいよ別に気にしないで、いつものことだから」


 ダークエルフである自分を受け入れてくれる場所なんて存在しない。そんなことはもう分かっている。


「無理しないであのオジサンの言うとおりにしたら? その方がお互いの為、ってちょちょっなに、なに、なに?」


 突然セリスがツカツカと近づいてきたかと思うと、その両手がルリルの首元に向かって伸びる。


 一瞬首を締められるのではないかと警戒するルリルだったがそんなことはなく、セリスの手は彼女の首元で何やらカチャカチャ作業している様で。


「……これで良し」


 そうセリスがポツリと呟き手を離す。


 ルリルが首に巻くチョーカー、その正面にメイド服の装飾に使われているものと同じ、若草色に白のストライプが入った可愛らしいリボンを模した飾りが付けられていた。


「……なにこれ」


 突然の事にルリルは理解が追いつかず思わず素直にそう問いかける、するとセリスはいつもの様に表情を変えることなく淡々とそれに答えた。


「プレゼントです、私が手作りしました」


「いや、手作りかどうかなんて聞いてないんですけど」


「嬉しいですか?」


「は?」


 これまた唐突な質問をしながらセリスがルリルの瞳を覗き込むように顔を寄せてきて、思わず後ずさる。


 予測のつかない動きに、益々ルリルの思考はついていけなくなる。


「嬉しいですか? 嬉しくないんですか?」


「だっ、だからなんなのよ! 嬉しいとか嬉しくないとかそんな」


「どうなのですか?」


 質問を重ねる旅にセリスが顔を寄せ、ルリルが後ずさる、そんなことを繰り返している内に気づけば部屋の壁に行き当たり逃げ場がなくなる。


 淡々と畳みかける様に投げかけられるセリスからの質問。普段であればそんなもの馬鹿正直に答えるルリルではなかっただろう。


 しかしコレは彼女にとって完全な不意打ちで、かつ意味不明で理解不能で、今までに経験のない出来事だった。


 だからつい――。


「別に……嬉しくない…………わけじゃないけど」


 ――そう素直に答えてしまっていた。


「そうですか、それならよかった」


 若干、普段よりも嬉しそうな気がしないでもない様な声でセリスはそう言うと寄せていた顔を放しルリルを解放する。


「手間をとらせて申し訳ありませんでした。もう仕事に戻ってもらって結構ですので、では」


 そう言って何事もなかったように広間を後にしようとするセリスを見て、ルリルはハッと我に返る。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 慌ててルリルが呼び止めると、セリスはその脚を止めて振り返る。


「ひょっとしてこれを渡すためだけに、わざわざルリルのこと、ここに呼び出したわけ?」


「そうです。本来であれば業務外の時間に渡すべきですが、なにぶん時間が取れなかったので」


「別に渡すタイミングとか、そういうこと聞きたいわけじゃなくて、ああ、もう!」


 いまいちかみ合ってないセリスの解答に頭を抱えるルリルは、とにかくまずは冷静になろうとその場で小さく深呼吸をした。


「ど、どう言うつもりなの? プレゼントなんて。ルリルのご機嫌取りなんてしてなに企んでるの?」


 まだ若干の動揺が残ってはいたが、それでもいつもの調子でそう言うが、セリスのは方は相変わらずのマイペースで、小さく首を傾げて。


「なにを? ……」


 不意にセリスがぽーっと虚空を見つめて動かなくなる。


 多分なにかを考えているのだろうが、表情が変わらないものだから、その様子は端から見ると突然フリーズでもしたかの様にしか見えない。


「そうですね……私はたぶん」


 そうして虚空を見つめること数秒。セリスは無機質な瞳でルリルの事を見つめた。


「あなたと仲良しになりたいんだと思います」


「……は?」


 二度目になる疑問の声が、ルリルの口から零れたが、セリスはそんなこと気にすることはなくさっさと歩き去ってしまった。


 一人取り残されたルリルは、ぼんやりとその場で立ち尽くし動くことが出来ないでいた。

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